ウクライナ軍および民兵の犯罪(国連安全保障理事会アリア・フォーミュラ・ミーティングでのロシア代表の声明)

ウクライナは内部から自壊するかも

相変わらず日本のメディアではウクライナ大本営発表がされています。一方、ジョージ・ソロスなどが資金提供してバイデンとオバマが2009年頃からウクライナに生物兵器研究所を作ってきたことなど、知られてはまずいことがますます明らかになってきています。とはいえ報道されないので"ニュース"にはなりません。こんな現象はウクライナを応援している日本や欧米だけです。アフリカや南米では公平な報道がされているようです。

先日、パレスチナではイスラエル軍が女性ジャーナリストを射殺しました。しかし、残念ながら大きな問題になることはありません。この報道も日本の報道外国の報道ではずいぶん印象が違います。

ポーランドでは「ワルシャワでウクライナ難民が男性を殺害したと報道」されています。その記事によると、
「地元の情報によると、ウクライナからの酔っ払った難民3人がポーランド人を撲殺した。暴徒はNowy Świat通りで少女に痴漢行為を始め、男は彼女をかばおうとしたという。その結果、彼は殴られ、数カ所の刺し傷を負い、その場で死亡した。この報道はまだ確認されていない。映像は、ウクライナ語を話す男性が撮影したもの。……地元メディアは、犯人の国籍について沈黙している。ワルシャワの中心部では、泥酔したウクライナ人がたびたび目撃され、地元住民の不満の種になっている」

西側に行ったウクライナ難民の迷惑な奇行、蛮行はツイッターでもたびたび話題になっています。公平に見てもネオナチ予備軍とでもいうのか、頭がおかしいのではないかと思います。

さらに、ウクライナのゼレンスキーが麻薬をやっているとか、ネオナチのアゾフなどは麻薬をやりながら戦っているという話があります。彼らが英雄だとはやし立てる自称"テレビ専門家"や報道とは反対に、ウクライナ軍の方が内部から自滅するのではないでしょうか。ウクライナの現政権は徴兵しておいて、死んだ兵士の死体も回収せず、ほったらかしにしています。ロシア軍に任せるという体たらくです。どこかの市役所で職員が全員逃げて空っぽになったという報道もされています。逃げるか戦意喪失か内部対立で突然瓦解してしまうということはありそうです。

さて、最初にロシアが侵攻したと思わされている人が大半なのでしょうが、最初に書いたようにオバマとバイデンチームが大統領と副大統領になる前からウクライナは都合のいいように利用されてきました。2014年、マイダンでクーデターを仕掛けたのもオバマとバイデンチームでした。
どうも欧米や日本の政府とメディアはウクライナ軍がネオナチだということを知っていて、現実に起きていることを真逆に知らせる確信犯のようです。ウクライナでなにがあって、こういう事態になったのかということを知らない限り、政府や報道に騙され続けます。

ウクライナの歴史を知るうえで次の記事がとても参考になると思います。
”あれはもう我慢の限界であった” ― ウクライナ内戦の引き金となった出来事
これまでの出来事の経過がとてもよく整理された記事です。
それと同じ『芳ちゃんのブログ』からですが、
ロシア連邦安全保障会議書記を務めるニコライ・パトルシェフ ― ロシスカヤ・ガゼタとインタビュー
含蓄に富む知的な記事です。僕は日本や欧米の政治家には知性と人間性をまったく感じませんが、プーチンやラブロフといったロシアの政治家の知的水準の高さは見事だと思います。

今回取り上げたのは、5月6日に行われた国連安全保障理事会(UNSC)のメンバーによる非公式の会議「ウクライナ軍および民兵による国際人道法(IHL)違反およびその他の犯罪に関する国連安保理加盟国による"アリア・フォーミュラ"会合でのヴァシリー・ネベンジア常駐代表およびドミトリー・ポリャンスキー第一副常駐代表による声明」です。

この会議については及川幸久さんが「2022.5.8 国連安保理でロシアによる非公式会合」で取り上げられています。この会合で公開されたビデオも英語字幕のついたものだけですが訳しました。

ウクライナ軍と民兵によるIHL違反と犯罪に関する"アリア・フォーミュラ"会合でのロシアの発言について

Russia’s Statements at the “Arria-Formula” Meeting on IHL Violations and Crimes Committed by Ukrainian Military and Militia
Posted by INTERNATIONALIST 360° on MAY 6, 2022

※アリア・フォーミュラ・ミーティング:「アリア式」会議は、国連安全保障理事会(UNSC)のメンバーによる非公式の会議であり 、会議を開催するためには、UNSCのメンバーによって召集されなければなりません

ウクライナ軍および民兵による国際人道法(IHL)違反およびその他の犯罪に関する国連安保理加盟国による"アリア・フォーミュラ"会合でのヴァシリー・ネベンジア常駐代表およびドミトリー・ポリャンスキー第一副常駐代表による声明

開会の挨拶

ヴァシリー・ネベンジア:親愛なる同僚の皆さん。

私たちは、ウクライナにおけるロシアの特別軍事作戦の文脈で行われたウクライナ軍および民兵の犯罪に焦点を当てたアリア・フォーミュラ会合に皆様をお迎えします。
本日は、私たち自身が話すことはできるだけ少なくし、東部・南部ウクライナの住民の証言を共有し、これらの地域で活動している外国人ジャーナリストにも発言の場を提供したいと思います。

西側の主要メディアを読み、西側やウクライナの政治家の話を聞けば、ウクライナで起きていることについて、多かれ少なかれ次のようなイメージを抱くでしょう。
「ロシアは、隣国の成功とEUの一員となり、自由で文化的な世界の一部となる見込みを妬んで、この国に対して全面的な侵略を開始した。ロシア軍は残虐行為を行い、今も続けている。勇敢なウクライナ軍と防衛隊は、ひどいロシアの無差別砲撃から彼らを守ろうとしている」

しかし、現実は著しく異なっており、ウクライナ当局とその西側支援者は、それに光を当てようとはしていません。私はここで、ブチャ、クラマトルスク、イルピンのようなウクライナとそのスポンサーによるあからさまで凶悪な挑発行為の問題を提起するつもりはありません。
この仕組はあまりにも明白なので、安保理の英国議長国は、安保理の手続き規則に完全に違反して、ブチャの挑発に関する緊急会合を要求する私たちの権利を否定することさえ決定したのです。

私はただ、現場で陰惨な現実に直面したウクライナの仲間にマイクを渡して、ウクライナが宣伝する神話のいくつかを論破してみようと思います。

皆さんもご存知のように、軍事活動にも法律があります。それは国際人道法と呼ばれるもので、大まかに言えば、軍事目的のために民間インフラを使用しない、住宅地に重火器を置かない、民間人を"人間の盾"として使用しない、捕虜を尊厳あるものとして扱う、といった原則です。我々は、これらの原則がウクライナ軍と民兵によって組織的に侵害されていると確信する理由があります。

ウクライナ軍が民間人を人質や"人間の盾"として使っていると主張する目撃者がたくさんいます。例えば、マリウポリという大都市におけるアゾフ大隊の防衛戦術はこのようなものです。

VIDEO 1, Defensive position of the Ukrainian armed forces in residential areas
住宅地におけるウクライナ軍の防御態勢

Watch VIDEO 1(ビデオ1を見る)住宅地での砲撃.mp4

彼らは通常、住宅の1階と2階に自分たちを配置し、民間人は家の真ん中に人質としてとどめている様子が画面に映し出されています。戦車は、アーチの下に置かれます(アーチがある場合)。建物全体が砲兵隊の陣地と化します。

ウクライナ軍が戦車や大砲、ロケット砲を住宅地に設置することは、近隣住民の明らかな抗議にもかかわらず、しばしば報告されており、その結果、これらの建物は一種のサンドイッチになっています。また、ウクライナ市民はそう表現しています。ロシア軍によって破壊されたとされるマリウポリの劇場についての言葉に注目していただきたい。

VIDEO 2

Watch VIDEO 2

m.(話者が度々変わります。m.は男性、w.は女性)
“アゾフ"は逃亡を許さなかった。
奴らは2台のバスを撃ったんだ。
子供たちはそこにいた。
人々は叫んでいた。
「何をしてるんだ? 子供たちがいるじゃないか」と叫んだ。
奴らは、戦争には子供も老人もないと答えた。
w.
彼らは13階に駆け上がり、そこから撃ちました。
クプリナ通り(69番地)では、彼らはただ人々を撃っていました。

これは、人間に対する獣のような仕打ちです。
私たちは、彼らが操る銃の餌食だったのです。
彼らは、住宅地から、戦車や機関銃から撃っていたのです。

そこではすべてが燃えており、すべてが銃弾の下でした。
道路も家も何もない。
そして、この間、”アゾフ”は我々の後ろに隠れていました。
彼らは戦車でやってきて、人々を逃がさないようにしました。
私たちは撃たれないように隠れていた、それだけなんです。

彼らは私たちを撃ってきて、破片が私たちに当たってガラスを割ってしまいました。
私たちは地下に6日間隠れていて、それから逃げました。
m.
奴らは家も何もかも壊した。
奴らはどこでも撃ってくる。
スナイパーが女性を射殺した。
w.
彼らはすべてを破壊した
 
 誰が?
戦っている者たちよ。
 誰が?
ウクライナ人…… ≪罵詈雑言≫
彼らは人々を脱出させましたか?
いいえ、彼らはしませんでしたよ。
彼らはそこでウォッカを飲んでただけよ。
彼らは文字通り ≪罵詈雑言≫ 他に何もしなかった。
なんてこと!(冗談じゃない)
w.
私たちは “英雄的"ウクライナ人の “グラッド"システムによって攻撃されたの。
彼らはある建物を狙っていたけど、別の建物を攻撃した。
9階建てのビルの1階を攻撃したのよ。
弾丸は建物を貫通したわ。
窓は両側に向いている。
ある時、大きな火事が起こった。
すべてが焼けてしまった。
彼らの額には、彼らが誰で、どう行動するかが書かれているの。
彼らは領土を一掃しているの。
ここはちゃんと聞いてね。
彼らは奪い取りたいのよ。
劇場がウクライナ人によって砲撃されたことは100%間違いないわ。
町中がそれを知っている。
じゃ、地下にいる500人の避難民は、彼らにとってはどうなの?
埋めておしまい。
w.
 車を撃たれたんでしょう?
何の前触れもなく車を撃たれたんです。
 どこで?
ホテル “アゾフスタル"よ
私たちは左岸から逃げたいんです
彼らは2台の車を撃ったわ
足を狙ったのよ
私は運転していたの
彼らは私と夫の両側の車のドアのしきいを撃ってきたの。
そして、後部ドアは完全にはがれたの。
そして、これがその結果よ。
娘は弾丸で負傷したし、母は両足を撃ち抜かれたのよ。
後ろの子供もかかとを弾丸で負傷したわ。
後ろを走っていた2台目の車の運転手の男性は貫通した傷が2箇所、奥さんも太ももを撃ち抜かれていました。
子供たちは奇跡的に無事でした。
 
誰が撃ったか見ましたか? アゾフ? ウクライナ軍?
私たちは立ち止まって泣いたわ。
「私たちは民間人よ。解放して」と叫んだの
私たちの車には”子供”という目印がついていたの
私たちは彼らに向かって叫んだの
「お願いです、行かせて」
すると彼らはウクライナ語でこう答えたわ。
「ここから出て行け。来たところへ帰れ」

 つまり、引き返させられたということですか?
そう、戻されました
それでおしまい
それで、私たちは離れることができず、引き返したの
さらに3日間過ごしたわ
彼らは私たちの家に来て言ったわ
「ここから出て行け。ここは私たちの病院になる。でも、もしあなたが望むなら、ここにいてもいい」と言われました
 その住所は?
ラミゾーバ通り13番地
見つかるといいけど
 それで……ナチスが?
そう、今そこに座ってる
そう、彼らはわたしたちを追い払ったの
私たちはその場を離れました。
神に感謝します、私たちはあなたの仲間に会いました。
ああ……


ロシアが開設した人道的回廊を通じて包囲された都市から出ることを禁止され、そのような回廊の存在すら知らなかったという証言がたくさんあります。ロシア語圏の視聴者にはあらかじめ謝っておきます。次の映像には罵詈雑言が含まれていますが、スピーチの内容をそのままにする必要があると判断しました。

VIDEO 3

Watch VIDEO 3

マリウポリ
m.
 ウクライナ軍関係者が何らかの形であなたを助けてくれましたか?
 彼らはあなたに ”人道回廊”を提供しましたか?
誰も何も提供しなかったし、通路もない
“アゾフ" 野郎ども……
人々は逃げようとしたんだ
“アゾフ"は ≪罵詈雑言≫ 彼らを撃ち殺した
 "アゾフ"は何をしたんですか?
奴らはヴォロダースクに逃げようとした市民を乗せたバスを撃ってた。
奴らはバスを撃ってた ≪罵詈雑言≫ ……
m.
 どうやって逃げたんですか?
 どこから?
マリウポリだよ
 どうやって逃げたんですか?
私たちは突破した
ロシア軍が助けてくれたんだ、ありがとう
我々はウクライナが嫌いだ
 ウクライナ軍に助けられなかったのですか?
ウクライナ軍は人を撃っていた。直接家に向かってね
 街を離れて良かったですか?
もちろん、ありがとう。
私たちは26日から子供たちと一緒に地下室にいたんだ。
w.
地下には約300人がいました。しかも、一軒家だけです。
 なぜもっと早く帰らなかったのですか?
出てはいけなかったの。
m.
私たちは人道回廊を与えられなかった。
ウクライナは私たちが去ることをとにかく許さなかった。
私たちはブロックされた。
何人かの軍人が来て、もしロシア連邦から人道回廊が提供されるなら、絶対に街を出てはいけないと言ってた。
奴らは、私たちを人間の盾として使い続けたいのさ。

VIDEO 4

Watch VIDEO 4

マリウポリ避難
w.
でも、このウクライナ軍の残党どもは、小さな子供を撃って楽しんでいるだけよ。
私たちはこの目で見たんです。
これを全世界に見せなければ。
ウクライナだけが美しい国だと言っているんではないわよ。
ウクライナの軍人は一人も我々を地下室から連れ出さなかったんです。
一人も!
そしてもうひとつ質問……
私は政治に弱いし、私は軍人ではないわ。
しかし、私がこの目で見たものは……
街を守るのであれば、郊外にいるべきだと思うの。
守れないなら、銃を捨てて、諦めて、どこかよそに行ってよ!
しかし、彼らは住宅地、学校、幼稚園、住宅がある地域に隠れ始めたわ。
彼らはそのまま中に入ってきたんです。
そして、ロシア軍に尻をつかまれた連中は、こう言ったの。
「生きては帰れない。”生きた肉”で身を隠すぞ」
ここに、生き残った”生きた肉”がありますよ。 それは、私たち! 
以上です。
ウクライナのヘマを全世界に伝えよう。
さて、みなさん、他に言いたいことは。
m.
マリウポリの破壊の85%はウクライナ軍によるものだ。
我々はじかに彼らが迫撃砲を積んだ車両でやって来るのを見たんだ。
100メートル先、50メートル先で砲弾が頭上を通過し、同じ村で爆発した。
私は10発を2回数えた。
間違いなく我々のインフラを破壊していた。
この命令はどこから来たのか分からない。
ロシア人については、我々はロシア人に頭を下げてお礼をします!
m.
ウクライナ兵が我々ウクライナの一般市民を撃つなんて、いったい誰にどう説明すればいいんだ?
ある男がタバコを吸いにバルコニーに出た。
通りの戦車に二人のウクライナ兵がいて、ひとりがもう一人に言った。
「命中させられるか?」
その男はタバコを投げ捨てて逃げた。
想像してみてくれ。庭に子供たちがいる。
ウクライナ兵が二人やってくる。
そのうちの一人が二丁の自動小銃を同時に持って空に向かって撃ち始める。
そして「ひざまずけ!」と言う。
奴は間違いなくドラッグをやっていた。
w.
ウクライナ軍のことはよくわからないわ。
彼らは誰のために戦っているの?
国からも見捨てられて。
彼らはすべてのアパートから食料を盗み続けていたの。
タオルに包んでロープで下に降ろしてた。
彼らは鍵のかかったドアを開ける装置を持ってた。
全部の部屋のドアを開けたの。
m.
あらゆる食品をつかみ、布団のシーツに包んで持ち去った。
みんな文句を言っていた。
「俺たちはこの食品を買った、これは非常用の保存食だ」と言い続けた。
そして、このチンピラどもはいきなりやってきて、何もかも奪っていった。
恥を知れ!
w.
私たちは元気で生きています。
私たちは生きているし、元気です。ロシア軍から援助を受けています。
いわゆる ”擁護者(ウクライナ)”については、一言も聞きたくありません。
w.
私たちの背後に隠れていた人たちは、年寄りを手と足で捕まえ、地下室に放り込みました。
人々は、自分たちのアパートに向かっていました。子供たちのために食料を買いに行くところでした。
ウクライナ軍は彼らに強迫観念で取りつかれたように怒鳴りつけました。
チェチェンからも、民主共和国軍からも、ロシア兵からも、無礼な言葉を聞いたことはありません。
彼らは、義務ではないものの、できる限り私たちを助けてくれています。
食べ物はあるのか、寒くないのか、生きているのか、と気遣ってくれます。
常に私たちを助けてくれています。
本当にありがとう。
やっと、誰が誰だかわかるようになりました。
私の言っていることがわかりますか?


これらの犯罪の多くは、ウクライナ当局が無謀にも武装させた、いわゆる領土防衛部隊に起因するものです。その部隊には、有罪判決を受けた犯罪者や刑務所から出された受刑者が大勢いるにもかかわらず。その結果、多くの都市で無政府状態と広範な略奪が発生しました。
アゾフ軍とウクライナ軍の分遣隊が、住宅地や家屋、民間インフラを意図的に攻撃し、これをロシアの軍事作戦の結果と見せかけたという目撃談が多数あります。高精度な武器のみを使用し、民間インフラを標的にしないという我々の主張を危うくするためです。

マリウポリからの市民の避難をめぐる状況は、現在、ニュースで広く取り上げられていますが、関連情報はウクライナと西側メディアによって大きく歪曲されています。

では、証人の話を聞いてみましょう。私の同僚であるドミトリー・ポリャンスキー第一副代表が今から登壇し、ある興味深いインタビューを紹介します。

Watch VIDEO 5

※この部分はとても長いので一部のみ、ここに入れておきます。全文は記事の最後にあります。

道路を封鎖されたんです。
 誰が行かせなかったんだ?
“アゾフ"
 "アゾフ" は君を行かせなかったんだな?
そうだ
19:03
 本当なのか?
本当だ
19:08
私たちが帰るとき、彼らはまた私たちに発砲しました、子供たちと一緒に。
 "アゾフ" は迫撃砲で撃つんだろう?
迫撃砲です。妻と母はまだ車庫のそばに横たわっている。
私はまだ彼らを埋葬することができない。
 それで “アゾフ" はあなたとあなたの家族を撃ったんだね?
そうです。
19:23
そして彼らはあなたが軍人でないことを知っていたのですね?
彼らはまずここに降りてきて、誰がここにいるかを確認しました。そしてその後、砲撃があった。
 こんなことがあり得ますか?
撃ったやつに聞けよ。


ドミトリー・ポリアンスキー:この感動的な映像はパトリック・ランカスターの手によるもので、彼は今日私たちと一緒にいる予定でしたが、来られませんでした。マリウポリで今起こっていることを彼が取材したものです。マリウポリから避難してきた人々の話題を西側主流メディアに取り上げてもらうために、言及したいことがあります。彼らはロシアの同僚と同じ材料、同じ設定、同じ目撃者を持っているので、不可解です。
西側のジャーナリストは、ほとんどの場合、明らかに検閲を行っており、西側の公衆から厄介な情報を隠しているのは、非常に残念なことです。これでは、新たな鉄のカーテンが出来上がってしまいます。ごく最近の例をひとつだけ挙げましょう。

5月2日、多くの国から集まったジャーナリストのグループが、アゾフスタル製鉄所から避難してきた人たちにインタビューしました。その中の一人、ナタリア・ウスマノワは、とても声を張り上げ、感情的になっていました。そのため、彼女は多くの映像に登場しました。
彼女はロイター(イギリスのロンドンに本社を置く通信社。カナダのトムソン・ロイターの一部門)の取材に応じ、ロイターはビデオリール付きの短いレポートをウェブサイトに掲載しました。

ナタリア・ウスマノワ、ロイターの取材

reuters.comで記事を読む(なんと、記事のビデオ部分は削除されています)

この報道から受ける印象はいかがですか?
ナタリアはロシアの攻撃に怯えて、怖がっています。彼女はウクライナにしたことでロシアを憎んでいるに違いありません。彼女が無事で、ウクライナに行けることを神に感謝したい。
──というのが、このビデオリールを見たり、ロイターのウェブサイトの報道を読んだりしたときに受ける印象です。

しかし、実際にはロイター通信は彼女が本当に言ったことを大きく検閲しています。

それでは、ロシアのテレビで放映されたナタリアの証言の残りの部分をご覧ください。

Watch VIDEO 6(▲マタタビの羅針盤3さんの日本語字幕版)

この映像から、ナタリア・ウスマノワの本当の気持ちがわかります。この恥知らずな小細工(ごまかし)には、本当にコメントするのが難しい。
ご存知のように、ロシアのテレビチャンネルは西側諸国から放送禁止になっているのに、西側の視聴者はどうやって真実を知ることができるのでしょうか
ここでプロパガンダを流しているのは誰ですか?
自分で判断してください。
そして、個人的な意見として、恥を知れ、ロイター。
ジャーナリズム、言論の自由、情報へのアクセスを促進する代わりに、ロシアに対する情報戦の手下(兵隊)になる道を選んだのです。
ところで、ドイツのシュピーゲル(ドイツ最大のニュースサイト)はナタリア・ウスマノワのインタビューをさらに拡大したものを掲載し、数時間後にそれを削除しました。私たちはその理由を疑っていません。

ヴァシリー・ネベンジア:これらのビデオリールをすべて見て、人は疑問を抱くかもしれません。なぜウクライナの戦闘員は、同胞の市民をこのように見下し、卑下し、非人道的に扱うのか?
なぜ彼らはウクライナの都市を破壊し、民間人の運命には無関心なのでしょうか?
その答えは非常にシンプルですが、理解する(心の中で整理してまとめる)のは難しい。アゾフ大隊やその他の民族主義者たちは、ロシア語を話す人々を対等に、自国の同胞として扱っていないのです。

もうひとつの触れずにはいられない問題は、ウクライナ民兵のロシア軍捕虜に対する、けだもののような残酷な行為に触れないわけにはいかないことです。今日はあえて関連するビデオを示しませんが、ソーシャルメディアにはたくさんあります。
ロシア兵は、両腕を背中で縛られた状態で、足を撃たれ、喉を切られ、激しく殴られ、サディスティックに骨を折られています。そして、これらの拷問はすべて"誇らしげな(自慢する、偉がる)“ウクライナの民兵によって撮影されています。
ロシアのプロパガンダに対する無用な非難(誹謗中傷)が再び行われるのを防ぐために、私たちは、以下のビデオを見ていただくだけです。

VIDEO 7

Watch VIDEO 7

[ロシア兵への特別な挨拶]
ウクライナ軍や義勇軍の大隊は、ロシア兵を本当に捕虜にしないので気をつけろ。だったら、俺たちは君らをどうしようか? ハーグの法廷で、我々の監獄で栄養失調になったと訴えることになるだろう。我々全員、兵士全員がこれを理解していることを知るべきだ。おまえたちが我々の都市でやっていることを見れば、我々には選択の余地がなく、我々が生き残るためには、おまえらの国を絶滅させなければならないことを悟れよ。つまり、これは殲滅戦だ。で、我々のすべての軍隊は、捕虜をとってはならないことを知っている。もし、疑問があるなら、俺は今、我々の戦士に話をするつもりだ。

 捕虜を取るつもりですか?
捕虜は取らない(※全員殺すという意味です)

 捕虜はいるのでしょうか?
あり得ない!

 ウクライナの状況についてロシア語でコメントをいただけますか? 
 なぜ捕虜を取らないか具体的に
刑務所はモラル(道徳)、墓地は利益(もうけ、ためになる?)
だから墓地があるんだ。


私たちは、ウクライナ軍と民族主義者による犯罪や否定的な扱いの犠牲者の証言の一部だけをお見せしようとしました。私たちにはもっと多くの証言があり、これはほんの一部に過ぎません。
私たちは、これらの犯罪を犯した人たちに対する説明責任を果たすために、それらを記録しています。しかし、時間的な制約があるため、この時点で中断し、著名なブリーフィング担当者にフロアを譲ることにします。
彼らはさまざまな国からやってきましたが、ひとつの共通点があります。
彼らは皆、わが国の特殊軍事作戦の分野で働いた実体験を持っています。彼らの多くは、ウクライナがドネツクとルガンスクの住民に対して行った8年にわたる戦争も取材しています。

最初の説明(報告)者は、ほとんど紹介するまでもないでしょう。

アンヌ=ロール・ボネル
アンヌ=ロール・ボネル

(29:23)フランスのジャーナリスト、アンヌ=ロール・ボネルをお迎えすることができました。彼女はすでに、ドンバスの民間人の生活に光を当てる貴重な仕事をしていますが、人道的な西側諸国では単に"キャンセル(反故に)“されただけでした。

※ジャーナリストの方々の発言は Youtube で Mayo さんが翻訳されています。

ジョルジョ・ビアンキ
ジョルジョ・ビアンキ

(39:28)2人目の報告者は、イタリアのフォトジャーナリスト、映画監督、ライターであるジョルジョ・ビアンキです。シリア紛争や"ユーロメイダン"に始まるウクライナ危機を広く取材しています。ジョルジオは作品の中で、人道的・人類学的な問題に常に特別な注意を払っています。
また、マリウポリの産科病院に対するロシアの砲撃事件の犠牲者として、ロケット弾のような速さで西側メディアに写真が広まった若い女性マリアンナさんへのインタビューも行いました。安保理で欧米の同僚からこのようなあからさまな嘘を何度聞いたことか。

サラム・アブデル・ムネム
サラム・アブデル・ムネム

(44:51)本日は、サラム・アブデル・ムネム、通称サラム・アル・オバイディをお迎えしております。彼は独立した汎アラビア通信ネットワーク"アルマヤディーン"のモスクワと北ヨーロッパ支局の責任者です。ジャーナリストとしてのキャリアは、80年代後半にソビエトの外国語放送局で翻訳者として働いたことから始まります。その後、モスクワの多くのアラブ系メディアの特派員として活躍しました。ロシア、CIS、バルト諸国、北欧諸国など、さまざまな地域を取材してきたユニバーサル・ジャーナリストです。アフガニスタン、イラク、リビア、シリアなど、ホットスポットでの活動経験も豊富です。

ソニヤ・ヴァン・デン・エンデ
ソニヤ・ヴァン・デン・エンデ

(55:50)ドネツクとルガンスク人民共和国の悲劇について貴重な証言をするオランダのソニヤ・ヴァン・デン・エンデを歓迎します。

アシャ・ズアン
アシャ・ズアン

(1:00:54)そして最後のゲストは、ブルガリア版「ニュースフロント」編集長で、ウクライナの状況、特にドンバスに詳しいアシャ・ズアンさんです。

私たちのブリーフィングが、ウクライナ東部で起きている出来事に対するメディアの一方的なアプローチを薄め、ウクライナ軍や民族主義的大隊による国際人道法や戦争犯罪の重大な(憂慮すべき)侵害の証言をさらに見聞きする一助となることを信じてやみません。

締めくくりの言葉

ヴァシリー・ネベンジア:そろそろこの会議も終わりに近づいてきたようです。ブリーフィング担当者の方々、そして報告してくださった方々だけでなく、インタビューに答えてくれた方々にも改めて感謝します。
その方たちは、このテーブルに座っているわけではありません。そのような人たちは、しばしばひどい状況におかれています。しかし、なぜそのような状態が可能になったのかについて説明をしてくれました。今日の主流メディアの報道とは異なり、インタビューに答えてくれた方々は自分たちに起こったこと、自分たちの身に起こっていることについて、誰に責任があるのかを明確に述べています。

同僚(会議に出席した人々)たちに向けて

私たちは、この会議が有益であったことを願っています。
──この会議が、代替案ではなく、目撃者たちの真実の証言を提示するために、彼らの意見がどうであったかにかかわらず。
しかし、もしあなた方の目と耳が真実に閉ざされていて、あなた方の国の声明を新聞から読み上げるだけなら、私たちは何もできませんが、証言した人たちの真実の証言を再び紹介するように努力します。もしかしたら、居心地の悪さを感じずに(のんきに)無感覚な(思考回路が麻痺している)人もいるかもしれませんが、真実は変わりません。
今日、東部・南部ウクライナの住民やそこで活動するジャーナリストから、その真実を聞いたわけです。ですから、目を開いて、どんなに残酷でも、どんなに不快でも、真実を受け入れてください。

ありがとうございました。

Russia’s Statements at the “Arria-Formula” Meeting on IHL Violations and Crimes Committed by Ukrainian Military and Militia

ビデオの字幕と翻訳(まとめたもの)

Watch VIDEO 1

Watch VIDEO 2

“Azov" did not allow to flee.
They shot at two buses.
children were there.
People were screaming:
“What are you doing?
There are children".
And they replied that at war there are no children and elderly.

They ran to 13th floor and shot from there.
In Kuprina St., 69 they were simply shooting at people.

This is beastly treatment of people.
We were as gun fodder which they manipulated.
They were shooting from the residential areas, from tanks and machine-guns.

Everything is burning there, everything is under bullets.
There are no roads, no houses, nothing.
And during all this time “Azov" was simply hiding behind us.
They arrived and put their tanks, not letting people go.
We were hiding so that not to be shot, that’s all.

They were shooting at us and splinter hit us and broke the glass.
We were hiding six days in the basement and then ran away.

They are destroying houses, everything.
They are shooting anywhere.
Sniper shot a woman dead there.

They destroyed everything.
Who?
Those ours, obscene who are fighting.
Who?
Ukrainians obscene
Did they allow people to escape?
No, they did not.
They only drank vodka there.
They did literally obscene nothing else.
For God’s sake!

We were hit by the “Grad" systems of our “heroic" Ukrainians, I don’t know how to call them.
They were shooting at one building but hit a different one.
They hit the first floor of a 9-storied building.
The projectile went through the building.
We have windows facing both sides.
At some point a big fire started.
Everything burnt down.
It is written on their foreheads who they are and how they behave.
They are cleaning the territory.
I am telling you.
Because they want to clean it.
We are 100% sure that the theater was shelled by Ukrainians.
The whole town knows it.
So what are 500 displaced people in the basement to them?
They buried them and that’s it.

They shot the car, right?
Our car was shot at without any warning.
Where was that?
Hotel “Azovstal".
We want to flee from the left bank.
They shot at two cars.
They aimed at feet.
I was driving.
They shot at the car’s door sills at both my and my husband’s side.
And the rear door was shelled completely.
And here is the result.
My daughter gutter wounded, my mom had both her legs shot through.
The kid in the back also gutter wounded in the heel.
The second car that drove behind us the man who was driving had two through-and-through wounds, his wife also shot through at her thigh.
The kids stayed safe by miracle.
Did you see who was shooting? Azov? UAF?
We stopped and cried:
“We are civilians.
Let us go".
Our whole car was pasted over with labels “Children".
We screamed to them:
“Please, let us go".
And they replied in Ukrainian:
“Get out of here.
Get back to where you came from".
Meaning, they made you turn back?
Yes, they made us return.
And that’s it.
And we could not leave, we turned back.
We spent another three days.
They came to our house and said:
“Get out of here.
It will be our hospital.
But if you want, you may stay".
What address is that?
Lamizova St, 13.
I hope you will find them.
So there are… Nazis?
Yes, they are sitting there now.
Yes, they kicked us away.
We left the way we were.
Thanks God, we met your guys.
Gosh…

We have a lot of accounts of people prohibited to exit besieged cities through humanitarian corridors opened by Russia and even not knowing about the existence of such corridors.
I apologize in advance to the Russian-speaking audience.
The next video contains some obscenities, but we found it necessary to keep the speech as it is.

Watch VIDEO 3

m.
Did the Ukrainian military personnel somehow help you?
Did they give you the “green corridor"?
Nobody provided anything, no corridors.
“Azov" bastards…
People tried to flee.
“Azov" obscene shoto them.
What did “Azov" do?
They were shooting the buses with civilians who tried to escape to Volodarsk.
They were shooting buses obscene

m.
How did you leave?
From where?
From Mariupol.
How did you manage to leave?
We broke through.
The Russian Army helped us, thanks for that.
We hate Ukraine.
Didn’t the Ukrainian army help you?
The Ukrainian army were shooting at people.
Directly at house.
Are you happy to have left the city?
Of course we are, thank you very much.
We were in the basement with children since 26th.
w.
There were around 300 people in the basement.
And it is just in one house.
Why didn’t you leave earlier?
We were not allowed to leave.
m.
We were not given any corridor.
Ukraine did not allow us to leave at all.
We were blocked.
Some military personnel wer coming and saying that we should by no means leave the city if any corridors were provided by the Russian Federation.
They wanted to continue using us as a human shield.

A lot of these crimes are attributed to the so-called units of territorial defense which were recklessly armed by Ukrainian authorities despite the fact that there are a lot of convicted criminals and inmates let out of prisons in their ranks.
That resulted in anarchy and wide-spread lootings in a number of cities.
There are a lot of witnesses of deliberate attacks on residential blocks, houses and civilian infrastructure by Azov and Ukrainian army detachments to present this as a result of Russian military operation, to compromise our claims that we use only high-precision weapons and do not target civilian infrastructure.

Watch VIDEO 4

w.
But these leftovers of the Ukrainian army, they just entertain themselves by shooting at little children.
We saw with our own eyes.
You must show this to the whole world.
Not only Ukraine says that it is a beautiful country.
Not a single Ukrainian military man took us out of the basements.
Not a single one!
And one more question…
Although I am weak in politics.
I am not a soldier.
But what I saw with my own eyes…
I think if they are defending the city, they should be on the outskirts.
If you can’t defend it, drop your guns, give up, leave!
But they started hiding in residential areas, in schools, in kindergartens, in areas with residential buildings.
They simply went in.
And those who were caught by the ass by the Russian troops, they said.
“We will not get out of here alive. We will cover ourselves with 'living meat’."
Here is the “living meat that survived. It is us! That’s all.
Tell the whole world how Ukraine screwed up.
Now, guys, what else I want to say:

m.
85% of destructions in Mariupol was caused by our Ukrainian army, because we personally saw how they came in the vehicles with those … with mortars.
And right there, 100 meters away, 50 meters away, there is a shell flies over the head and explodes in the same village.
I counted 10 shots twice.
They were definitely destroying our infrastructure.
I don’t know where this order came from.
As to Russians, our low bow to Russians guys!

m.
How on earth can we explain to anybody that Ukrainians soldiers shoot at us, Ukrainian civilians?
A guy went out to his balcony to smoke.
There were two Ukrainian soldiers on the tank on the street and one said to another,
'Can you hit him?’
The guy threw the stub out and ran away.
Imagine: there are kids in the yard.
Two Ukrainian soldiers come over.
One of them takes two automatic rifles simultaneously and starts shooting into the air.
Then he says, 'Kneel!’.
He was definitely on drugs.
w.
I don’t understand the Ukrainian army.
Whom are they fighting for?
Even the state abandoned them.
They kept stealing food from all apartments.
They wrapped it in the towels and lowered down on ropes.
They had some kind of a device to open locked doors.
They opened all the doors in all apartments.
m.
They grabbed all food, wrapped it in bedding sheets and took away.
People were complaining.
They kept saying, 'We bought this food, these were our preserves for emergency.
And these thugs just came and grabbed everything.
Shame on them!

w.
We are alive and well.
We are getting help from the Russian Army.
We do not want to hear a word about so-called “defenders".
Who were hiding behind our backs, took our old people by hands and legs and threw them into the cellars.
People were going to their own apartments, or to by some food for their children.
Ukrainian military yelled at them with obsessive words.
Neither from the Chchens, nor from the DPR or Russian soldiers have we ever heard a rude word.
They are helping us as much as they can, although they are not obliged to.
They keep asking, if we have food, aren’t we cold, are we alive.
They are helping us all the time.
Thanks very much to them!
At last everyone can see who is who!
Do you understand me?

Watch VIDEO 5 Mariupol_Residents_Accuse_Ukraine_Of_Firing_On_Civilians.mp4
  • 0:56
    お入り
    0:58
  • そこは暗いです。
  • ここで何を撮るんですか?
    暗いな。
  • 一回りしますか?
  • こんにちは。
    こんな感じでひと月半が経ちました。
    1:10
  • 地下室はどこもかしこも明るいわけではありません。
    1:17
  • こんにちは!
    1:17
  • ひと月半というのは?
    3月4日にここに引っ越してきました。
  • 僕にとっては、ひと月半だよ!?
  • それで、3月4日にここに引っ越してきました!
    玄関先で
  • よし
    1:32
  • こんにちは!
  • また玄関先!
  • はい
  • 気をつけろ!
    別の玄関先って言ったでしょ!
    1:39
  • 塹壕内を調べて
  • こんにちは!
  • こんにちは!
    1:50
  • 本当に……本当に
    1:54
  • 写真用カメラがあるんですね!?
    1:58
    頭を下げて
    2:14
  • こんにちは!
  • こんにちは!
  • 訪問してもいいですか?
  • もちろん! どうぞ
  • ボルシチはいかがですか?
    おかゆは?
  • いえいえ、結構です。
  • ボルシチは熱いから、温めただけだよ!
  • そうですか
    2:25
  • 生活はどうです?
  • どんな生活ですか?
  • 家のない人生なんて
  • みんな燃えてしまった
    車庫も燃えた
    全部燃えた
    私たちは砲撃を受けた。
    ウクライナ軍から。
    2:40
  • ウクライナ人?
  • ウクライナ人、他には?
  • 奴らがどこにいるか見た
    奴らはやって来て、かっさらった。
    そして「外に出るな」と言った
    でも、見たら、大砲を向けて撃ってきたんだ!
    2:52
  • 私たちには、誰も来なかったが、彼らはすでにその近くにいた……
  • 車庫!?
  • ガレージで待つ、最初に彼らはペルボマイスクの近くにいた。
    街中を歩いている人を見て、そこで撃ち始めた。
    3:06
    意図的に!? 誰もそこを歩かないように。
  • そうなんですか?
  • そうだ!
  • 「ウクライナ人」って言った?
  • ウクライナ人だ
  • アメリカやヨーロッパは、ロシアが民間人を撃ったと言ってる
  • ロシアがここに現れる前からだ!
    3:23
  • もしロシアなら、
    あなたに言うが、ウクライナだ!
  • すぐに囲まれて、迫撃砲で撃たれ始めた。
    あなたの後ろに、砲撃でお母さんと奥さんを亡くした人がいますよ。
    3:35
    そして、彼の娘も負傷していたけど、私たちは彼と一緒に瓦礫の下から彼女を助けた。
  • どうしてあれがウクライナ人だとわかるんですか?
  • 彼らは青い腕章とウクライナの国旗を持っていた。
  • どういう意味ですか、どうしてわかるんですか?
    3:49
  • どうしてウクライナ人だとわかるんですか?
  • 彼らは下へ降りて行き、道路を封鎖したんだ。
    そして、その瞬間、誰もDPRを見たことがなく、誰も市内に入らなかった、一度も!
    3:59
    私たちが歩いていると、危ないし怖いし、強盗も多い。
    しかし、DPRはいなかった。
    ウクライナ軍だけがいたる所にいた。
    パスポートをチェックされた。
    4:10
  • どのように出発したのか教えてください。
    負傷した後だ。
  • 隠れることもできず、もう……
  • 黙ってくれ!
  • 何が「黙れ」なんですか?
    見たことあるか?
  • 迫撃砲が車庫を直撃した後、道路封鎖地点まで行ったんだ。
    4:26
    車庫は粉々になった
    2人が死んだ。
    私たちは朝まで地下に隠れていて、砲撃が終わってから外に出て、ウクライナ人に聞きに行った。
    4:39
    (ウクライナ人の道路封鎖があり、さらに海の近く、リャピノ沿いを走った)
    4:47
  • 堤防がふさがれていた。
  • そう、堤防は封鎖された。
  • 彼らの軍隊は、家々やあらゆるものを撃っていた。
  • 私は彼らのところへ行き、負傷者がいるので、そこを離れてもらえないかと頼んだ。
    4:55
    私たちは、その人をその地域から出さなければならなかった。
    私は、車で出て行くつもりだと言って、彼らの許可を得た。
    許可された。
    私は「帰るときには、もう一度来て、もう一度許可を求めます」と言った。
    5:02
    いいですか?
  • オーケー
    私はここに降り立ち、荷物をまとめ、負傷した老女を車に乗せ、移動を開始した。
    そしてもう一度来て、もう一度許可してもらった。
    5:12
  • そして、私たちが帰ろうとすると、すぐに車庫に砲撃し始めた。
  • 病院に向かい、ここで親戚に会ったので、ここ、バンカーが一番安全なので、ここに泊まることにした。
    5:24
  • ここは何?
    何なんですか?
  • 防空壕だよ。
  • ソビエト連邦の防空壕で……
    こっちに来て見て
    核爆発に備えて、人々が隠れるために作られたんだ。
    5:34
    全部登録されていた。
    私たちは医療従事者で、最後の瞬間まで病院にいた。
    多くの人が去っていったが、私たちは人々に援助を与えた。
    5:49
    私たちの医師は、避難しようとしたが、ウクライナ軍は、通行止めの橋を渡り、川の別の岸に避難する機会を与えなかった。
    彼らは戻って来て、別の道を行こうとした。
    6:06
  • 彼らは避難させてくれなかったんですね?
  • そう、そうさせなかったんだ!
  • 車8台で医師が家族と一緒に避難しようとしたんだ。
    私たちが帰ろうとした瞬間に、橋を渡ってきて
    6:22
    (ウクライナ軍のバリケードがある橋の上)
    6:27
    この後、彼らは「戻れ、誰も行かせないぞ」と言った。
    私たちの医療従事者はここに戻って、別の道を行こうとした。
    イリチャを通り、ムヒナ十字路に行こうとした。
    6:43
    そこにも道路封鎖があった。
    そこでも彼らは同じように、私たちの医師たちに銃を向けて、
    「戻れ、誰もここから出ることは許されないぞ」と言った。
    6:51
  • ウクライナ人?
  • ウクライナ人!!!?
  • どうしたら、そんなことができるんだ?
  • 私たちは知らない!
    私たちもわからなかった!
    失礼ですが、戦闘が始まったばかりで、郊外は砲撃され、病院はすべて避難し、負傷者の受け入れ態勢が整っていたのに。
    7:15
    負傷者は来なかった。
    そしたら、ウクライナ軍が救急車を全部持っていってしまっていた。
    そして、負傷者(足や腕がない、傷がある)は、ボランティアが病院まで連れてきてくれたので、なんとか病院にたどり着いた
    7:31
    見えますか?
    軍隊は誰も連れてきていない
    給水も同じ状況だった。
    ボランティアが食料を提供してくれた。
    ボランティア?
    そういう人たちが、発電機などの資材を運んできてくれて、それで稼働させていたんだ。
    7:51
    患者さんが運ばれてきて、手術が始まるまでの数時間、発電機は省エネモードで起動し、病院は稼働していた。
    8:00
    外科、外傷、集中治療室が稼働し、手術をした。
  • 手術が行われた。
    わかりますか?
    砲撃の中で
    揺れている建物の中で
  • 彼らはそこを撃っていた……
  • 4階建てだ
    8:19
    最初の建物は、外科の建物だ。
    受付部門が患者の受付を始め、怪我の種類によって2階へ運んだ。
    外傷科も同じ。
    8:35
    手足を切断された人、骨折して牽引された人、すべて私たち医師の手によって行われた。
    彼らは長い間、そこにいた。
    そして、23日目になってようやく、彼らは避難することができた。
    8:50
    砲撃のためだ。
    同時に、台所も食べ物もなかった。
    残ることができた従業員は、自分たちで料理を作った。
    そんな状況で、患者の世話をしているのですから、ゾッとした。
    9:05
  • この病院は、多くの砲撃を受けた。どこから来たんですか?
  • どこから?
    わからない。
    彼らが言うようにここは”民主共和国”だが、我々は民主共和国を見たことがない!
    ウクライナの戦車が通り過ぎるのを見ただけだ。
    9:26
    ウクライナの戦車は、この庭に侵入してきた。
    庭の真ん中には井戸があり、人々はそこから水を汲んでいた。
    そして、彼らはそこに砲撃し始めたので、私たちはそこから水を得ることができなくなった。
    9:48
  • 誰ですか?
  • ウクライナ!
    他に誰が?
  • ウクライナ人!
    ウクライナ軍だ!
    意味がわかるか?
  • どうしてそんなことができるんだ?
    ヨーロッパとアメリカは、ウクライナ人は民間人を撃たないと言っている!
  • 知らないよ!
    撃たない人がいるのか!?
    10:02
  • オレグ、黙ってくれ!
  • 我々はなぜそうなのか知らない。
    我々は常にウクライナ人だと考えていた。
    わかるか?
    我々はアゾフ大隊がウクライナ軍に対して影響力を及ぼしたと聞いている。
    10:23
    最初は、お互いの間で軍事作戦まで行っていた。
    この後、すべて”アゾフ”に支配された。
    彼らは私たちを解放してくれなかった!
    これは事実だ。
    私たちはここから避難することができなかった
    10:36
    何度も、バスが来る、輸送がある、だから避難する人は集まって登録しろ、と言われた。
    しかし、一度たりとも輸送手段は提供されなかった!
    公式の担当者は来なかった。
    情報は噂だけだった。
    10:55
    わかるか?
    そして、自分たちで出ようとした時、ほとんど誰もさせてもらえなかった。
    左岸から、橋を渡ろうとした。
    橋は、小さな歩道橋まで爆破された。
    11:11
    だから、それさえも利用できなかった。
  • なるほど。そして、ウクライナ人がこの領土を支配したのは何年前ですか?
    今、ここにはDPRとロシアがありますよね?
  • 今はまだ、真上で戦いが続いている。
    11:27
    こんな場所にあるんだ……
    彼らは今、”アゾフ”をアゾフスタル工場から押し出している。
    そして、すべての軍事行動はまだ私たちの真上で行われている。
    私たちの家はというと、ここに家が燃えた親戚がいる。
    11:47
    本当に?
  • そうだ。
  • 医療従事者に関しては、最初の数日間で、私たちの家はすぐに燃えた。
    わかりますか?
    私たちのアパートはすぐに燃えた。
    私たちはずっと病院にいた。
    夜もそこで過ごした。
    他の多くの医療従事者の家族と同じようにね。
    12:04
    建物への攻撃は、内分泌科と耳鼻科に被害があった。
    手術室は上層階にあった。
    奴らはそこも攻撃した。
    12:16
    しかし、命中弾には誰が砲撃したのかの識別マークがない。
    しかし、私たちは、1ヶ月後にDPRの人たちを見ただけだ。
    結局のところ、これは私たちの上で起こったことだ。
    しかし、戦車がここに来て、ここから撃ったのは事実だ。
    12:36
  • 戦車って?
  • ウクライナの戦車だ。
  • ここに隠れてここから撃ってきたんだ。
  • ウクライナの戦車が撃ってきたんだ!
    彼らは病院を人間の盾にしたんだ!
    彼らは患者の後ろに隠れ、負傷者の後ろに隠れ、私たちの病院を隠れ蓑にしただけだ。
    13:00
    本当に?
  • そうだ。
  • ここからの砲撃は激しかった。
    戦車は砲撃を終えると走り去った。
    また、移動兵器、迫撃砲が撃ち終わったとき、私たちは砲撃の下に入った。
    13:15
    確かに、この射撃ポイントを排除しなければならなかった。
    わかりますか?
    さらに、近くに精神病院がある。
    そこもやられた。
    破壊があったんだ。
    そしてもうひとつ。
    13:32
    知ってるだろ、私たちはつい最近DPRの人たちを見かけた。水やパンを提供してくれたり、重傷者を搬送してくれたりした。
    13:44
    理解できた?
    避難!
  • DPR?
  • そうだ、DPRだ。
    重傷者や4度の癌患者を ホスピスから連れ出したんだ
    装甲兵員輸送車で連れて行ったんだ。
    14:02
    わかりますか?
    DPRは重傷者を連れて行くのを手伝った。
    負傷者、高齢者、子供を中心に。
    そして、その後に、残りの人たち
    私たちはというと、行くところがないんだ。
    そして、私たちはロシアに行く意味があるのかどうかわからない。
    14:22
    私たちはウクライナで生まれたので、今のところ意味がないと思っている。
    そして、私たちはここに住みたい。
    マリウポリに住みたい。
    この街は私たちのものだ。わかりますか?
    そして、私たちはただ、このすべてが終わるのを待っている。
    明らかに。
    14:34
    私たちはただ平和を望んでいる。
    誰が権力を握っているかなんて気にしない。
    最も重要なのは、平和を確立し、私たちの子供たちが決して隠れないようにすることだ。
    そして、怪我人が出ませんように。
    なぜなら、手術の後、頭蓋骨穿孔の後の子供を見ると、その子が病室で泣くんだ。
    14:50
    「生きたい!」と病室で泣いている子供を見て、私は誰にもそんなことはさせたくないと思った。
    足や腕を切断された患者が運ばれてきたとき、彼らとコミュニケーションを取ることができますよね。
    15:08
    怖い
    これは本当に怖いです!
    戦争は絶対に経験したくない。
  • あなたのお名前は?
  • オリガ・ウラジミロヴナです。
    プレジデツカヤ=スコック・オリガ・ウラジミロヴナ
    15:22
  • こんにちは!
  • こんにちは!
  • 君は何歳ですか?
  • 11歳です
  • いいね
    君は?
  • 6歳
  • 君は?
  • 良くはない
    家は燃えた
    特に3人の時は
  • 私のも
  • 修復はうまくいったが、その後、すべてが崩れ始め、今はまったく何もない状態だよ。
    15:43
    あんないい生活してたのに
    どこに行こうか計画を立て始めたところで、砲撃が始まった。
    うまくいかない。
    最初の砲弾は家の近くに着弾した。
    私は寝ていた。
    午前4時頃だった。
    夜明けに
    16:04
    砲弾は近くに落ちた。
    近くに幼稚園があり、そこで負傷者を治療し、再び動けるように教えていた。
    その時、すでにすべてが少し損傷していたが、我々はまだフラットに住んでいた。
    だから、戦車はその幼稚園の近くまで来て、しばらく”おなら”をしていた。
    そして、去っていった。
    フランス語で失礼しました。
    16:29
  • 戦車って?
  • 私たちは知りません。
    ただ、家の裏にあったと聞いただけだ。
    バンバンバンと音を立てて、そこに戻っていった。
    救急車もそこで破壊された。
    え?
    さえぎらないで!
    救急車が壊されたんだよ!?
    16:47
    戦車はそこへ行った!
    戦車の跡が見えた。
  • 何の戦車か分かりますか?
    ウクライナ人、DPR、それともロシア人?
  • 全く分からない!
    戦車ということだけはわかった。
  • なるほど。
    17:00
    そしてそのせいで、砲撃は学校と特に住宅を狙った。
    9階は焼けた。
    8階も。
    我が家は全焼だ。
    もう存在しないんだ!
    住むところがないんだ。
    17:13
    民家があるところだけが残っている。
    せめてこの一軒だけでも救われますようにと神に祈る。
    これだけだ。
  • なるほど。
  • こんにちは!
  • こんにちは!
    ペトレンコ・アレクセイ・ヴィクトロヴィッチです
    24日に家族で船員組合に来た。
    17:33
    私達は13日までそこにいた。
    13日に、20人のグループが降りてきて、ウクライナ軍、主に ”アゾフ”大隊の戦闘員が、ガレージにいる人をチェックした。
    17:46
    民間人がいることを確認した。
    朝から、迫撃砲の爆撃が始まった。
    彼らは、スタジアムから、チャイカの方向から撃ってきた。
    午後1時30分、妻と子供と母親がトイレに行った時、2発の迫撃砲が来た。
    18:04
    私の子供は榴散弾にやられた。
    妻と母は死んだ。
    隣人は、片足の男性とその母親、妻(いずれも60歳以上)がいたが、母親は生きているが、隣人とその妻は生きていない。
  • いない。
    18:22
    というわけで、14日からここにいる。
  • すみません。
    ウクライナ軍がこの領土を支配していたのは何年前ですか?
  • もう一度言ってください。
  • ウクライナ人が最後にここに来たのはいつでした?
  • いつだ?
  • どれくらい前?
    18:45
  • そう、私たちは26日に協同組合にやってきた。
    道路を塞がれたので、帰ることができなかった。
    そして私たちはそこに留まった。
    道路を封鎖された。
  • 誰が行かせなかったんですか?
  • “アゾフ"
  • “アゾフ"は君を行かせなかったんだね?
  • そうだ
    19:03
  • 本当ですか?
    本当だ
    19:08
    私たちが帰るとき、彼らはまた私たちに発砲した、子供たちと一緒に。
  • “アゾフ"は迫撃砲で撃つんでしょう?
  • 迫撃砲だ。
    妻と母はまだ車庫のそばに横たわっている。
    私はまだ彼らを埋葬することができない。
  • それで “アゾフ"はあなたとあなたの家族を撃ったんですね?
  • そうだ。
    19:23
  • そして彼らはあなたが軍人でないことを知っていたのですね?
  • 彼らはまずここに降りてきて、誰がここにいるかを確認した。
    そしてその後、砲撃があった。
  • こんなことがあり得るのか?
  • 撃ったやつに聞けよ。
    19:36
  • すみません、ひどい。
  • 申し訳ないです。
    19:43
  • 私たちは彼女の傷に包帯を巻いた。
  • 彼女は負傷しているのですか?
    19:48
  • 彼女の父親と話をしたところだ。
    13日に出発するとき、怪我をしたそうだ。
    その後、傷に包帯を巻いて、ここに置かれたそうだ。
    子供の脚に破片がある。
    20:02
    この子の足には榴散弾の傷があり、足がぜんぶ榴散弾で切られている。
    破片がまだ脚に残っている。
    私たちはここで彼女の手助けをし、傷に包帯を巻いている。
    そして頭も負傷している。
    包帯を交換したところだ。
    20:22
    もう大丈夫ですか?
  • いいですか?
  • もちろん!
    20:26
  • こんにちは!
  • こんにちは!
  • 何が起こったか教えてください。
  • 13日の朝12時30分に砲弾が私たちを襲いました。
    天井が落ちてきた。
    なんとか外に出て、父のところへ這って行った、とても痛かった。
    20:46
    で、近くの車庫の地下室に運ぶのを手伝ってもらった後、そこで血を止めてもらったんだが、すごく時間がかかって、2~3時間くらいかかった。
    そして翌日、お母さんとおばあちゃんがもう戻ってこないことを知った。
    21:02
    それで、私達はここから逃げ出すことにした。
    ここに防空壕があることを知り、私を助けてくれる医療従事者がいることを知った。
    そして翌朝、私たちが目覚めた後、父は私の脚に包帯を巻いてくれた。
    21:22
    その後、私たちは出発するつもりだった。
    そして、彼らはまた私たちを撃とうとした。
  • 誰が?
  • “アゾフ"です
  • なぜ “アゾフ"だと分かったんですか?
  • その時DPRの兵士はここにいなかった。
    21:40
    ウクライナ人しか見てない。
    つまり、ウクライナ軍は我々に発砲しようとした。
    私たちが去った後も、彼らは車庫に発砲し続けた。
    我々がここに来た後、彼らもここに来て、負傷者の後ろ、病院の後ろに隠れた……
    22:03
    しかし、彼らはもうここにはいない。
    DPR軍は私たちを助けてくれた。
    彼らは私を助け、私の足、腕、頭に包帯を巻いてくれた。
    今はもう大丈夫だ。
    ロシア軍に感謝します。
  • ロシア軍に感謝?
  • そうだ
    22:18
  • ヨーロッパとアメリカは民間人を撃つのはロシアだと言ってます。
  • 違う!
    家屋はウクライナ軍によって破壊された。
    ロシア軍は、水、パン、食料、何でも私たちを助けてくれる。
    私たちを連れて行くのを助けてくれた。
    22:40
    病人、怪我人、みんなを運んでくれた。
    ありがとう!
  • 申し訳ありません!
    あなたの名前は?
  • ヴァレリアです。ヴァレリア・アレクセーヴナ
  • 苗字は?
  • ペトレンコ。ペトレンコ・ヴァレリア・アレクセーヴナ
    22:52
  • その人はあなたの……?
  • はい、その人は私の父でした。
    私を瓦礫の下から 連れ出すのを手伝ってくれました。
  • ごめんなさい……
    24:02
  • 何してるんですか?
  • 料理をしている。
  • 私はお風呂に入る。
    髪を洗う。
  • Come in!
    0:58
  • It’s dark there. – What are you going to film here? It’s dark! – Would you like to have an excursion? – Good afternoon! It’s been 1,5 months like this.
    1:10
  • It’s not everywhere in our basements that there’s some light.
    1:17
  • Good afternoon! – What 1,5 months? We moved here on March 4. – For me, it’s 1,5 months! – And we moved here on March 4! Doorstep! – Okay.
    1:32
  • Hello! – Another doorstep! – Okay. – Be careful! Another doorstep, I said!
    1:39
  • Check the bunker scheme. – Hello! – Hello!
    1:50
  • Really… really.
    1:54
  • You have photo cameras!
    1:58
    Get down!
    2:14
  • Good afternoon! – Good afternoon! – Can I visit? – Sure! Come in! – Would you like borsch? Porridge? – No, thank you. – Borsch is hot, we just warmed it up! – Okay.
    2:25
  • How’s life? – What life? – What life can be without a home? – They all burned. And garages burned. Everything burned. We got under shelling. Of the Ukrainian army.
    2:40
  • Ukrainian? – Ukrainian, what else? – I saw where they were. They came and made a sweep. And they said then, “Don’t get out!" But I looked there and saw that they pointed a cannon at us and fired!
    2:52
  • To us, nobody came, but they already were near the… – Garages! – Wait with garages, first they were near Pervomaisk. They saw people walking around the city and started to shoot there.
    3:06
    Deliberately! So that nobody walks there. – Really? – Yes! – Did you say “Ukrainians"? – Ukrainians! – They USA and Europe said Russia shooting at civilians! – It was even before Russia appeared here!
    3:23
  • If it was Russia, I would tell you, but it was Ukraine! – They immediately surrounded us and started to fire with a mortar. – There is a person behind you who lost his mother and wife because of the shelling.
    3:35
    And his daughter was injured, we saved her together with him from under the debris. – How do you know that those were Ukrainians? – They had blue armbands and Ukrainian flags. – What do you mean, how can we know?
    3:49
  • How do you know those were Ukrainians? – Because they were going down and their roadblock was up there. And nobody had seen DPR for that moment, nobody entered the city, not a single time!
    3:59
    We we walking around, it was dangerous and scary, and there were many robberies. But there was no DPR. Only the Ukrainian Army was everywhere. They checked our passports.
    4:10
  • Tell them how you were leaving. After an injury. – We didn’t even manage to hide and they already… – Shut up! – What “shut up"? Have you seen that? – I went up to the road block after the mortar hit the garage,
    4:26
    and the garage was shattered. Two people died. We hid in the basement till the morning, and only when the shelling was over, we got out and I went up there to ask Ukrainians
    4:39
    (there was the road block of Ukrainians and they also drove further near the sea, along Lyapino)
    4:47
  • The embankment was blocked. – Yes, the embankment was blocked. – Their forces shot at houses and at everything! – I came to them and asked if we could leave, as we had an injured person.
    4:55
    We had to take the person out of the area. I said that we were going to leave with a car and asked their permission for this. They allowed me. I said, “When I’ll be leaving, I’ll come once again and ask your permission once more."
    5:02
    “- Okay? – Okay." I went down here, we packed things, put the injured elderly women to the car and started to move. And I came to them once again and they again allowed me to do this.
    5:12
  • And when we were leaving, they immediately started to fire at garages! – We headed to the hospital and met our relatives here, so we decided to stay here, in the bunker, as it’s the safest place.
    5:24
  • What is this place? What is it? – It’s a bomb shelter. – It’s the USSR bomb shelter that was… Come here and look. It was built for people to hide in case of a nuclear explosion.
    5:34
    There was a registration of everything. We are medical workers, we stayed in hospital till the last moment. We provided people with help, despite many have left.
    5:49
    Our doctors tried to leave, but the Ukrainian military didn’t give them a chance to cross the roadblock bridge to another bank of the river to evacuate. They came back and tried to go another way.
    6:06
  • They didn’t let you evacuate, right? – Yes, they didn’t let them! – Doctors with 8 cars tried to evacuate together with their families. At the moment when we were leaving, they went over the bridge and
    6:22
    (the bridge with the roadblock of the Ukrainian military)
    6:27
    after this they said, “Go back, we don’t let anybody leave!" Our medical workers came back here and tried to go another way. Through Illicha they tried to get to Mukhina crossroad.
    6:43
    There was also a roadblock. There they did the same pointing a gun at our doctors and saying, “Go back, nobody of you will be allowed to leave!"
    6:51
  • Ukrainians? – Ukrainians!!! – How is this possible? – We don’t know! We also could not get it! Excuse me, but when the fighting has just started, the outskirts were shelled, all hospitals were evacuated and ready for accepting the injured.
    7:15
    The volume of the injured didn’t come. Then it turned out that the Ukrainian military took all the ambulances! And the injured (without legs, arms, with wounds) managed to reach the hospital exclusively because volunteers brought them there!
    7:31
    Do you see? The military didn’t bring there anybody! The same situation was with the water supply. Volunteers provided us with food. Volunteers! People who had such a possibility, brought us stuff for generators and everything, that’s how they were kept operating.
    7:51
    For a couple of hours, at the moment when the patients were brought there and the operations started, the generators were launched in energy-saving mode, so the hospital was operating.
    8:00
    Surgery, traumatology, intensive care – they were operating, they performed operations. Do you get it? Under shelling. Inside the shaking building. – They were shooting there… – Four floors.
    8:19
    The first building is a surgical building. The reception department started the reception of patients and then they brought them upstairs depending on the kind of an injury. The same with traumatology.
    8:35
    People had their limbs amputated, people were given traction, and all this was done by our doctors. They were there for a long time. And only on the 23rd they managed to leave, to evacuate.
    8:50
    Because of the shelling. At the same time, there was no kitchen, no food. Those employees who could stay, cooked themselves. They took care of those patients… in such conditions it was creepy.
    9:05
  • This hospital suffered a lot of hits. Where did they come from? – Where from? I don’t know. You see, as they say, “this is DPR", but we haven’t seen the DPR! We’ve seen only Ukrainian tanks passing by.
    9:26
    We’ve seen how Ukrainian tanks entered our yard here. In the middle of the yard, there is a well, from which people took water. Then they started to fire at it, so we couldn’t get water from there.
    9:48
  • Who? – Ukraine! Who else? – Ukrainians! The Ukrainian military! Do you see the point? – How is it possible? Europe and the USA said Ukrainians do not shoot at civilians! – We don’t know! – Who doesn’t shoot?!
    10:02
  • Oleg, keep silent, please! – We don’t know why so. We always considered ourselves Ukraine. Do you see? We were told that the “Azov" battalion intercepted influence over the Ukraine’s Armed Forces.
    10:23
    At first, they were even conducting military operations between each other. After this, everything was controlled by “Azov". They didn’t let us go and this is a fact! We couldn’t evacuate from here!
    10:36
    Many times they said there would be buses, would be a transport, so “gather and register who’s going to evacuate." But not a single time they gave us a transport! No official representatives came. The only information was rumors.
    10:55
    Do you see? And when they tried to leave on their own, they didn’t let almost anybody to do this. From the left bank, to go over the bridge. The bridges were even blown up, small pedestrian bridges.
    11:11
    So even those were not available. – Okay. And how long ago did Ukrainians control this territory? Now, there are DPR and Russia here, right? – Now, there is still a fight going on right above us.
    11:27
    We have such a location that… They are now pushing out “Azov" from the “Azovstal" plant. And all the military actions are going on above us still. As for our houses, here are relatives, whose houses burned.
    11:47
    Is it clear? – Yes. – As for the medical workers, our houses burned immediately, in the first days. Do you get it? Our flats burned immediately. We were all the time in the hospital. We spent our nights there. As many other families of medical workers.
    12:04
    As for the hits at the buildings, the endocrinology department has hits, the ENT department has hits. The operating rooms were on the upper floors. They got some hits too.
    12:16
    But the hits don’t have identification marks about who shelled. However, we’ve seen the DPR guys only one month after. After all this happened above us. But it’s a fact that the tank came here and shot from here!
    12:36
  • What tank? – The Ukrainian tank! – It hid here and shot from here. – The Ukrainian tank was shooting! They used the hospital as a human shield! They hid behind the patients, behind the injured and just used our hospital as a cover.
    13:00
    Is it clear? – Yes. – The shelling from here was heavy. The tank finished it and drove away. Also when the mobile weapons, mortars, finished the shooting, we got under the shelling.
    13:15
    Certainly, they had to eliminate this firing point. Do you see? In addition, there is a mental hospital nearby. The hits came there too. There was destruction. And another thing.
    13:32
    You see, we’ve seen the DPR guys just recently, but what they have already managed to do is to try and provide us with water, some bread, and removal of the seriously injured.
    13:44
    Do you understand it? Evacuation! – DPR? – Yes, DPR. The guys took away from hospice the seriously injured, the oncology patients with the fourth degree of cancer. They took them away with armored personnel carriers.
    14:02
    Do you get it? They helped to take them away. The injured, the elderly, children – primarily. And only after them, the rest. As for us, we don’t have anywhere to go. And we are not sure if there’s a point to go to Russia.
    14:22
    We don’t see the point so far, as we were born in Ukraine. And we want to live here. We want to live in Mariupol. This city is ours. Do you see? And we are just waiting for all this to stop. Unambiguously.
    14:34
    We just want peace. We don’t care who is in power. The most important is to establish peace and make our children never hide. And may there be no injured. Because when you look at a child after an operation, after a skull trepanation,
    14:50
    and this child cries in a hospital room, “I want to live!", this I’d not wish to anybody. You know, when there are brought the patients whom they have to cut off their legs and arms, and you communicate with them.
    15:08
    This is just scary! This is really scary and the war is something you never want to go through! – What’s your name? – Olga Vladimirovna. Prezhdetskaya-Skok Olga Vladimirovna.
    15:22
  • Hello! – Hello! – How old are you? – I’m 11. – Really? And you? – Six. – And how are you? – Not well. Flats burned. Especially when there were three of them. – Mine too. – There was a good repair, but then everything started to collapse and now there is nothing at all.
    15:43
    We had such a nice life! We just started to plan where to go and the shelling started. Not well. The first shell landed near our house. I was sleeping. It was about 4 am. The first sunrise.
    16:04
    The shell hit close. There is a kindergarten nearby, where the injured were treated and taught to move again. At that moment everything was already a bit damaged, but we still lived in a flat. So, the tank came near that kindergarten and “farted" for a while. Then it left. Pardon my French.
    16:29
  • What tank? – We don’t know. We just heard that it was behind the house. It made bang-bang-bang and went back there. And the ambulances were destroyed there. What? Don’t interrupt me! The ambulance was just destroyed!
    16:47
    The tank went there! The tank tracks were visible. – Do you know what tank was that? Ukrainian, DPR, or Russian? – We don’t know at all! We only knew it was a tank. – I see.
    17:00
    And because of this, the shelling targeted the school and especially houses. The 9th floor is burned down. The 8th too. Our house is burned down, completely! It doesn’t exist anymore! We don’t have anywhere to live!
    17:13
    Only the area with private houses is left. I pray to God that he saves at least this one. That’s it. – I see. – Hello! – Hello! Petrenko Alexey Viktorovich. We came with my family on the 24th to the boat cooperative.
    17:33
    We stayed there till the 13th. On the 13th, a group of 20 people came down to us, the Ukrainian Army, mostly the fighters of the “Azov" battalion, checked who was there in the garages,
    17:46
    saw that there were civilians. From the very morning, the mortar shelling started. They were shooting from the stadium, from the direction of Chaika. At 1.30 pm my wife, child, and mother went to the bathroom and at that moment two mortar mines came.
    18:04
    My child was hit with shrapnel. My wife and mother died. As for our neighbors, there was a one-legged man, his mother and wife (all over 60 y.o.), the mother is alive, but the neighbor and his wife – not.
    18:22
    So, we’ve been here since the 14th. – I’m sorry. How long ago the Ukrainian military controlled this territory? – Come again. – When were Ukrainians here last time? – How long? – How long ago?
    18:45
  • Well, we came on the 26th to the cooperative. They blocked us the road, so that we couldn’t leave. And we stayed there. They put roadblocks there. – Who didn’t let you leave? – “Azov." – “Azov" didn’t let you go, right? – They didn’t.
    19:03
  • Is it true? – It’s true.
    19:08
    When we were leaving, they shot at us again, together with children. – “Azov" shoots with mortars, right? – Mortars. My wife and mother still lie by the garage. I still can’t burry them. – So “Azov" shot exactly at you and your family, right? – Yes.
    19:23
  • And they knew you are not a military man, right? – They first came down here and checked who was here. And after that, there was shelling. – How’s this possible? – Ask that one who shot.
    19:36
  • Sorry, it’s hard. – I’m sorry.
    19:43
  • We bandaged her wounds. – Is she wounded?
    19:48
  • You’ve just had a talk with her father. When they were leaving on the 13th, they got injured. After that, her wounds were bandaged and she was put here. There is a fragment in a child’s leg.
    20:02
    She has shrapnel wounds in her legs, all her legs are cut by shrapnel. A fragment is still in her leg. We provide her with help here, bandage her wound. And her head is also injured. We just changed the bandage.
    20:22
    Is it clear? – May I? – Sure!
    20:26
  • Hello! – Hello! – Can you tell me what happened? – On the 13th, in the morning, at 12.30 pm, the shell hit us. The ceiling fell down on us. When I managed to get out, I crawled to my dad, it was so painful,
    20:46
    and after they helped us to take me to the basement in the nearby garage, they stopped my blood there, it took so long, about 2-3 hours. And on the next day I got to know that mom and granny will not come back.
    21:02
    So we decided to get away from here. We learned there is a bomb shelter here, we learned there are medical workers who can help me. And the next morning after we woke up, my dad bandaged my leg,
    21:22
    after that we were going to leave. And they tried to shoot at us again. – Who? – “Azov". – How do you know it was “Azov"? – There were no DPR guys here at that moment.
    21:40
    I saw only Ukrainians. I mean, the Ukrainian Army that tried to shoot at us. And after we left, they continued to fire at garages. After we came here, they came here too, hid behind the injured, behind the hospital, and…
    22:03
    But they are not here anymore. The DPR Army helped us. They helped me, bandaged my legs, arms, head. Now it’s all okay. And thank Russian Army! – Thank Russian Army? – Yes.
    22:18
  • Europe and the USA said it’s Russia that shoots at civilians. – No! The houses were destroyed by the Ukrainian Army. The Russian Army helps us with water, bread, food, whatever. They helped to take us away.
    22:40
    To take away sick people, the injured, everybody. Thank them! – I’m sorry! What’s your name? – Valeria. Valeria Alexeevna. – And surname? – Petrenko. Petrenko Valeria Alexeevna.
    22:52
  • And that man was your..? – Yes, it was my father. Who helped to take me from under the debris. – I’m sorry…
    24:02
  • What are you doing? – She is cooking. – I’ll take a bath. Wash my hair.
Watch VIDEO 7

A special address to a Russian soldier.
Be mindful that Ukrainian forces and volunteer battalions do not really take Russian soldiers as prisoners.
Be it the case, what shall we do with you?
You will then complain at the Hague tribunal that you were malnourished in our prisons.
You must know that all of us, every our soldier understands this.
When we look at what you do to our cities, we realize that we have no choice and that your nation must be exterminate if we want to survive.
So this is a war of extermination.
And all our forces know that no prisoners must be taken.
If you have doubts, I will now talk to our fighters.
Are you going to take prisoners?
No prisoners
Will there be any prisoners?
No way!
Could you comment in Russian on the situation in Ukraine?
Specifically why we take no prisoners.
Prison is morals, cemetery is profits.
That is why we have cemeteries for you.

https://youtu.be/CaO0VwTkwEc

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


Posted by kiyo.I