「月」がわかれば自分がわかる(後編)
「月」は欠損
マドモアゼル・愛さんによれば「月」の星座が示すものは欠損=欠けているものだと言われます。主流の占星術では月の星座は性格とかありのままの自分を示すと言われています。つまり意味するところが正反対なのです。
一見正反対なのですが愛先生の解釈は主流の占星術の解釈を否定するわけではなく、もっと深いところから人生の謎を解き明かす解釈だと僕は理解しています。
その前に「月の星座」って何のこと?って思われる方が多いかもしれません。僕も知りませんでした。ほとんどの人は自分の星座が何座なのかはご存知だと思います。普通「私の星座は○○座」という時の星座は「太陽の星座」のことを言います。
自分の「月の星座」を調べるにはネットで簡単に調べられます。例えば「ホロスコープを無料で作成」のサイトにアクセスして生年月日と生まれた時間(分からなくても可)場所を入力すればすぐに自分のホロスコープが出てきます。他にもホロスコープを作成できるサイトがあるので使いやすいものを選んでください。
画像は切り取っていますが、入力画面で生年月日などを入力すると
こんなホロスコープが出来上がります。次に紺色のバックの下にある「このホロスコープの詳細>>」をタップすると
長いので二つに分けましたが、下の表の左に太陽、月、水星、、、とあって右横にそれぞれ惑星の星座が出てきます。今回使うのは上から二番目の「月」の星座です。この例だと「射手座」になっていますね。
月星座で本来の性格がわかるというけれど、、、
普通、占星術が好きな方は自分の長所や弱点、運命、特定の相手との相性などを占いたい人が多いと思います。いいところは伸ばしたいし、悪いところは直したいし、あらかじめどんなところでつまずきやすいのか知っておけば楽です。恋愛とか結婚相手の性格や自分との相性も知りたくなります。
実は僕はそういう所にはあまり興味がありません。それがこれまで占星術に関心を持てなかった理由かもしれません。心理学を勉強したせいか、どうしたら心の問題を解決できるのかに関心があったからです。
その関心に応えてくれたのがマドモアゼル・愛さんの「月の欠損」という見方でした。
違いを比べてみた
主流の占星術では「月の星座」で本当の性格、本来の性格、生まれ持ったキャラクターがわかるといいます。
僕は月の星座が射手座なので、自分のことを例に出してみます。
❖「魔女っ子の12星座占い」さんによると
月星座の射手座の性格は
細かいことは気にしない!
カラッとしていてイイ人だよぉ~。
単純でノリがいいしね。
でもね、熱しやすく冷めやすい。
落ち込むと、感情が爆発することもありマス。
でも、そんなに引きずらないし、やっぱりシンプルでイイ人ダヨ。
あとね、「抽象的」なことや「精神的」なことに関心があるよ。
だけど、生活レベルの細かい事には無頓着なことが多いんだ。
「アバウトだね…」って良く言われるヨ。
月星座の射手座の長所は
カラッとした性格で、細かいことを気にしないところ。
女性でも、少し「男性的」なところがあるかもしれません。
また、「生活習慣」や「文化の違い」などにあまり抵抗がありません。
ですので、異国のものでもスムーズに取り入れてゆくことができます。
こじんまりした生活にとらわれない自由さがあり、スケールの大きい人です。
短所は
細かいことに無頓着なところ。
細々(こまごま)した現実世界より、どうしても理念や思想などの「抽象的なこと」に意識が向かってしまうのです。
そのため、ついつい、うっかりミスも多いです。
あと、理念的なことにとらわれ過ぎて、
「浅い正義心」を振りかざす人もいそうだな…。
(「月星座「射手座」の性格!」より。引用個所は緑色)
普段私たちが親しんでいるのはこんなスタイルではないでしょうか。
肝心の「当たっているか?」ですが、
当たっているところもあるし、そうでないところもあるしって感じかな。自分はカラっとしているようには思えないし、単純でノリがいいとは言えない。アバウトでありアバウトでない。抽象的で精神的なことには関心はあります。
総じてそうありたいけど現実の自分はそうでないところもあるって感じでしょうか。本当のところは性格判断なんてどうでもよくて、人の性格はそんな単純なものではないよって感じかな。
こちらのサイトを批判するつもりはさらさらないので誤解しないでくださいね。親切で分かりやすいサイトだと思います。
❖一方、マドモアゼル・愛さんの「月」の解釈は、
いて座の月は絶対に反省ができない影を持っています。
飛んでいる矢がいて座のシンボルですが、本当は飛ぶことができないいて座の月。
反省したら矢が止まり、失墜してしまうので、自分の考えや理解にこだわり続けます。
しかし何ひとつ理解力がないのです。
月いて座がこうだ、と思ったことで、本物であったことなどありません。
理解する力がない上、理解するとは何かがわかっていないからです。
なので、それは影となりこだわり続ける現象を生みます。
発射したものを絶対に元に戻せないのです。
そうなるとどこかの時点で成長が止まってしまいます。あとは、自身のこだわりを周囲に証明するためだけの人生になってしまうでしょう。こうした融通のなさがつまらぬ意地となって人生の破壊をもたらします。月の反転はふたご座です。「ああ、あれね、もうあきちゃった」と、気楽に自身の信念を変えていく。
どうせ社会性など本当はいて座月にはないのですから、あまり難しいことを言わずに、学者ぶらない、偉そうにしない、学があるように思わせない、気楽で遊び好きな面を持っていることを自分にも周囲にも隠さない、、、そう思うことで、こだわっている自身の理解を捨ててしまう、、、
すると太陽から見たらどちらも同じですので、ふたご座からの知恵と知識が本物のものとなって訪れます。いて座月はもっとも自分を立派に見せようとして、もっとも違うように見られていくという運命からも脱却できます。
ただ、月いて座は理解力がないので、自分の理解のみにこだわり続けます。
なので最初はふたご座の真似でいいと思います。たとえ真似でも、やってみると心の自由を感じますので、手応えが出てきます。
いて座はなくてもふたご座はありますので、真似でも大事な部分を良い意味で刺激してくれます。
そして本当は自分は立派な人などではなかったんだ、、、と思えた時、あなたの人生のすべては逆転し、本物の素晴らしい人に生まれ変わります。
(「月のホログラムを溶く 月光反転法②」より引用。引用個所は紫色)
かなり手厳しいです。もともとあえて辛口に表現されているのですが。
人によったら絶対にそんなことはない、デタラメ言うなと否定する人もいるでしょう。ムカつく人もいるかもしれません。
何ひとつ理解力がない、学者ぶらない、偉そうにしない、学があるように思わせない、どうせ社会性などない、、、
当たってます😱、、、参った! 他の月が射手座の人がどう思うか知りませんけど。
悔しいけどメチャクチャ的を得ています。気にしてたけど隠しておきたかったことが見事に暴露されちゃったって感じです。
そうなんです。
自分では理解力があって、様々なことについて知っていて、自分なりの意見を持っているはずと思ってる。でも自分の意見にこだわり過ぎる傾向があることや、つい熱が入って人に自分の意見を押し付けるところがあって、どうしてこうなっちゃうのかなと疑問に思っていました。心のどこかで「融通のなさがつまらぬ意地となって人生の破壊を」もたらしかねないことにも気付いていました。
後半に解消法として双子座を真似すればいいというアドバイスがあります。自分も経験の中で「ああ、あれね、もうあきちゃった」というやり方も身につけてはいました。でも月射手座に囚われていたので、そんなこと言ったらいいかげんに思えるし、ごまかしているような気がしていました。
囚われていると、素直に従えないんですね。チョット抵抗が出てしまう。しかも僕のかみさんは双子座です。
無かったと認めるとなにかから解放された感じがしました。こだわって自ら縛っていた縄がほどけていくような感じです。これまでは軌道修正しただけだったんだって。スタートが間違っていたなんて思ってもみませんでした。
当たっているどころではなくて、人生の疑問や謎が解けていきます。
「月の欠損」がわかると謎が解ける
わたしはこうありたい。こういう人間だと思いたい。思われたい。誰にでもそういうものがあると思います。
一方で、そうじゃない。なんか違う。本当は違うかもしれない。どこか確信を持ちきれない。そういう相反する気持ちも同時にあるのではないでしょうか?
そこで葛藤が始まり、悩むことになります。問題を整理しようとしても自分でもうまく表現できない。そもそもどこが問題なのかよく分からない。隠したいことだから誰にも打ち明けられない。
「月の欠損」が教えてくれることは、
そうありたい、そうなりたい、理想とするもの、あこがれるもの、まさにそれが欠けているという事を知って認めることなんだと思います。これが自分だと思っていた自分は自分ではない。自分ではないにとどまらず、無かったのだと気付くこと。
認めるのはとても辛いことかもしれません。というか辛いことです。受け入れがたいです。これまでやってきたことが全否定されるようなものだから。
(というか、全否定する=無かった(欠損)=本来の自分を色メガネなしにあるがまま認めると、やっと解放されるんですけどね)
でも無いから欲しくなるんですよね。欠けてるから欠けているところを補おうとしてきた。でもやってもやっても努力しても頑張っても満たされなかったのではないでしょうか?
僕はそうでした。満たされないから別の方法を試したりして頑張ってしまっていた気がします。でもどこまでいっても手に入りませんでした。月が見せた幻だったんです。
「そして本当は自分は立派な人などではなかったんだ、、、と思えた時、あなたの人生のすべては逆転し、本物の素晴らしい人に生まれ変わります」
(立派な人の所をあなたにあった言葉に入れ替えてみてください)
さらにマドモアゼル・愛さんの「月」の解釈がすごいのは、これまで「欠損」と言ってきましたが、幼いころの自分が持っていたものだったという解釈です。
欠けていた。そんなものはなかった。これが自分だと思っていたものは幻だったという事を受け入れた後に、やっと気が付くんです。その部分を純粋なまま持っていたという事を。ですが、うぶで純粋なままで忘れ去られたままだったので成長も出来なかったのです。だから大事にしていたものも不器用にしか使えなかったのです。うぶだから対処できず、いっぱい傷ついてしまったのです。
自然にわかる
わたしはこうあるべき。こうすべき。こう振る舞わなくては。私たちは無意識に当たり前のように自分像というものを決めています。それに反する行いはいけないものだと改めて考えるまでもなく自らを律しています。行いだけでなく、心の中に浮かんだ「悪い」思いもチェックします。こんなふうに思ってはダメだとか。
そうして心の中で起きた葛藤に振り回されます。悩みにも発展します。
でも、自分ってこんな人なんだよ、まわりから思われているような人じゃなくて、実はこうなんだよって。あるがままの自然な自分を認めて、その自分でいられればどんなにか楽でしょうか。
例えばこんな時にはイラつくし、むかむかするし、悪態をつきたくなるところがある。それが自分だって。それがどこから来るのか「月の欠損」から知ることができれば、ストンと腑に落ちます。
私たち、それがどこから来るのか分からないんです。
性格? 遺伝? 生まれつき? 無意識? 環境?
クヨクヨ悩むこともない、気を使う必要もない、スピ系で言う「高い意識」を持とうとしなくても「月」が分かれば自然とそうなります。
そんなの知ってるよっておっしゃる方もいると思います。ですがこれ、表面的な所から深いところまで何層にも積み重なっていて根深いんです。気が付かないんです囚われていることに。メディアの洗脳を意識しないのと同じです。洗脳という言葉に反応して拒否するんです。
このことをさりげなく伝えてくれたのがエネルギー調整の大高師匠(記事)です。いつか記事にまとめたいと思っていたのですがやっと出来ました。
最後までお読みいただきありがとうございました。