自分を大切にしはじめたら、いじめるひとは居なくなった

『見てる、知ってる、考えてる』
中島芭旺君インタビュー記事を読んで感心したこと

スプートニクというニュースサイトで『見てる、知ってる、考えてる』という本を書いた中島芭旺君という12歳の少年の存在を知りました。
インタビュー記事を読んでいて感心しました。というのは、この『ものセラ』というブログは様々な悩みの解決方法について記事にしてきました。その解決方法で大切だと思っていることをこの12歳の少年が実践していることに驚きました。

スプートニクの記事「中島芭旺スプートニク独占インタビュー」
中島芭旺君スプートニク独占インタビュー

ものの見方を変えることを決意し、実行したこと

問題や悩みというのは、自分のものの見方や考え方が作り出しています。
でも現実は「あの事さえ起らなければ」「あの人さえいなければ」といって自分以外の外で起きることに原因を求めます。その積み重ねが悩みとなって現れます。

「また同じようなことが起きてしまった」「やっぱりそうなんだ」といって同じものの見方考え方で出来事を解釈してしまいます。そして同じような結論を導いてしまいます。そうなると自分という存在はまわりの出来事に翻弄されやすくなります。翻弄された挙句、まわりの出来事や人たちに対して文句を言いたくなります。「なんで?」「どうして? こうなってしまうの」「あの人はいつもこうなんだから」って言葉が出てしまいます。

問題や悩みは、自分のものの見方や考え方そのものが作り出していると思ってみてください。同じ受け止め方、解釈をしているので、なにもかもがそのように見えるし思えてしまうのです。自分の思い方にこだわってしまうと自分を「守る」ことはできるかもしれませんが、変わることができません。

たとえ心が傷つくような辛い体験をしたとしても、それを以後もずっと自分を苦しめる辛い体験とするのか、気づきの体験とするのかは自分で選ぶことができます。ここで自分を苦しめる辛い体験として心に刻むということが見方考え方を変えないという事です。気づきの体験とすることが見方考え方を変えるという事です。どちらか選ぶことができることに気が付くことで自分の人生に責任を持つことができます。責任を持てて初めて問題に対処することができるようになります。

『芭旺くんはその数年前にいじめが原因で学校に行くのをやめた。自殺さえ考えたという。だがこんなに若い時分に人生を終える代わりに、ものの見方を変えることを決意し、自分の考えを書き留め始めた』そうです。

いつも死にたいと考えていた中島君は

今の状態が自分にとって好ましいものでなければ、ものの見方や考え方を変えてみてください。変えると決めてください。それが一番の早道です。
中島君は『学校でいじめられていたあの頃 僕はいつも死にたいと考えていた 死にたい 死にたい 死にたい 僕はあるとき気づいた。死にたいというのは、いじめられてそれでも我慢してる僕をやめたいと思っているんだということに。だから僕は自分を殺すんじゃなくて いじめられることをやめた いじめられる場所に行かないと決めた そう、学校に行くのをやめた』

見方考え方を変えるとき大切なことは、中島君が『インスピレーションを与えるのは、出会ったすべての人と僕の内側からの声です』と言っている様に「内側からの声」に従うことです。

『自分で自分をいじめなくなって自分を大切にしはじめたら、 僕をいじめるひとは居なくなった』

中島君は『自分で自分をいじめなくなって自分を大切にしはじめたら、僕をいじめるひとは居なくなった。僕が僕をあつかうように人は僕を扱って人はそれを教えてくれる。僕も、人に優しくなれる。それを、人は教えてくれる。それを、友達は教えてくれる。僕も、友達に優しくなれる』と言っています。
その通りなのです。この歳でこのような言葉が出るというのはびっくりです。驚きました。
“自分が自分をどのように扱うのか"が、まわりが自分をどう扱うのかを決めます。同時に、自分がどんな存在だと思うのかでまわりの世界をどう見るのかが決まります。

『自分の内側が外側に現れる!』

さらに中島君は『自分の内側が外側に現れる!これも自分で実験してみて分かりました』と言っています。内側が外側に現れるという発見もさることながら、実験してみて分かりましたと言っていることです。自ら試しているのですから。内側の見方を変えることで外側の見方が変わるという事を体験で知ったことと自ら試して実験して得たことを知恵にしていることに感心しました。

ただ、心の中で内側で見方を変えたからと言って、すぐに効果が表れるとは限りません。ずれがあります。一週間、一か月、もっとかかるかもしれません。そのずれがあるので、内側の変化が外側に現れる変化と関係していると実感しにくいのです。それに疑いの気持ちがあると上手くいきません。疑いはなにもかも破壊してしまいます。時には決めたことに逆行するような事さえ起きることもあります。まずいことが起きてしまうと疑いの気持ちが湧いてきます。ですがそんな時こそ冷静に内面を観察する時です。

知識は知っただけだともろいです。自分の内面を観察して、自ら実験すること、試してみることはとても有益です。知っただけで分かったような気分になりやすいですが、自分で考え体験したことは深い信念となって自分を信頼することに揺るぎのない確信を持つことができるようになります。まわりに翻弄されたり影響されないで心の声に従って生きる始まりです。

両手を広げ

『僕をいじめていたのは僕だった』

最後にもう一つ中島君の言葉を引用させていただきます。
『そして僕はあることに気づいた。僕をいじめていたのは僕だったってことに。行きたくないところに行って やりたくないことをやる そうやって僕を毎日毎日いじめていたのは僕』

Posted by kiyo.I