ホロドモールの飢饉:ジェノサイド物語の正体を暴く

これまでの歴史の中で、いったいどこまでが真実で、何が創作された嘘なのか分からないようなものがいくつもあります。共通しているのは、それらが感情的に声高に語られる傾向があることです。やっかいなのは、深入りし過ぎるとますます訳が分からなくなることがあります。1930年代のソ連で起きたとされるホロドモールと呼ばれる大飢饉もそのひとつではないでしょうか。

今回紹介する「ホロドモールの飢饉:ジェノサイド物語の正体を暴く」は、ペペ・エスコバル氏のテレグラム投稿で"必見"と紹介されていたので興味を持ちました。まずは一読して頂きたいと思います。

目次

ウクライナの飢饉の歴史と、西側諸国によるその兵器化についての包括的な調査

The Holodomor Famine: Unmasking the Genocide Narrative
A Comprehensive Inquiry into the Ukrainian Famine’s History and Its Weaponization by the West

THE ISLANDER
2023/12/01

THE ISLANDER
2023/12/01

ジェリー(ゲリー?)・ノーラン著

I. ホロドモールの兵器化:概要

各国が権力、影響力、利害のダンスを繰り広げる地政学的チェス盤において、過去が埋もれたままになることはめったにない。歴史は、万華鏡のような出来事と判断の源泉であり、政治的目的を達成しようとする人々によって容易に利用される。
1932年から1933年にかけてソ連全土を襲った飢饉、ホロドモールの物語 narrative of the Holodomor がそうである。ホロドモールの物語は、国際外交や教育分野で重要な役割を果たすようになり、最近ではカナダのオンタリオ州でもカリキュラムに組み込まれている。その影は今もなお、国際外交の回廊に取り付いている。

ホロドモールをジェノサイドと認定することは議論の的であり、すでに複雑に入り組んだ歴史に新たな複雑さを加えている。ホロドモールは、政治的野心の気まぐれによって捻じ曲げられ、そして今、ロシアに対する情報戦の目的を達成するために新たな活力をもって再浮上している。この領域を探求するには、歴史家のブーツを履き、外交官のマントをまとって、真実、神話、詐欺、プロパガンダの宝庫に注意深く足を踏み入れなければならない。

飢饉を、経済政策と政治的不始末が招いた不幸だが予期せぬ結果と見る者もいれば、意図的で計算された虐殺行為、ウクライナ国民の心臓を狙った剣として描く者もいる。誰が真実の聖杯を握っているのだろうか?
イタリア上院で採択された最近の決議のような政治的決議の中にあるのだろうか?
それとも、陰謀、イデオロギー、ご都合主義の層の下に埋もれているのだろうか?

イタリアの議員たちが、いわゆるホロドモールを"ウクライナ人の大量虐殺"と認定したことは、歴史的判断以上のものである。それは政治的声明であり、危険の度合いが高く、レトリックの霧によってルールがしばしば不明瞭になるゲームにおける一手である。それは議論に火をつけ、感情を煽り、昔の古傷を暴く動きである。しかし、喧騒と騒動の向こう側には、ざっと見ただけではわからないニュアンスの異なる風景が広がっている。

それは、答えを求める疑問、光を必要とする影、そして権力、政治、歴史の複雑な相互作用によって響くこだまに満ちた風景である。この探検は単なる学術的なエクササイズではなく、国家が過去をどのように記憶し、解釈し、活用するかの核心に迫る旅だ。

これからのセクションでは、ホロドモールの物語の糸を解きほぐし、政治的搾取という激動の海を航海し、分裂や不和ではなく、理解、バランス、そして歴史の多面性を尊重することにつながる道を照らすよう努力する。その過程で、私たちは集票組織の歯車を回すメカニズムを暴き、より深い駆け引きの目的を明らかにする。私たちが発見するように、歴史は事実の保存場所以上のものであり、真実と権力がぶつかり合う戦場であり、人間の野心、勝利、悲劇、欺瞞の糸で織られた複雑なタペストリーである。

ジェノサイド物語としてのホロドモールに関するダグラス・トトルの影響力の大きい(独創性に富んだ)著作

ジェノサイド物語としてのホロドモールに関するダグラス・トトルの影響力の大きい(独創性に富んだ)著作
詐欺、飢饉、ファシズム』ダグラス・トトル

II. 歴史的背景

現在を理解する道は、しばしば過去の迷宮を通る。そこでは、曲がり角を曲がるたびに、ある時代の選択、闘争、イデオロギーを反映した人間のありようについての新たな側面が明らかになる。1932年から1933年にかけての大飢饉を理解する旅は、広大なソビエトの領土で繰り返し語られる大災害を理解する旅でもある。

飢饉という過酷な舞台は、巨大な変革を背景に展開された。工業化と集団化の冷酷な支配に導かれたソ連は、パラドックスに満ちた道を歩み始めた。一方では、計画経済という大胆なビジョンがあり、土地の果実が国民に平等に分配される世界があった。他方では、混乱、強制、抵抗という現実があり、そのすべてが政治イデオロギーという不動の壁にぶつかっていた。

ダグラス・トトルの『詐欺、飢饉、ファシズム』は、飢饉をめぐる一般的な物語の中で、詳細な調査の指針として立っている。彼は、飢饉が意図的な大量虐殺であるという描写は、歴史の改ざんの産物であるだけでなく、周到に作り上げられた物語であると主張する。トトルは、大虐殺の主張の支持者が引用した資料や証拠を丹念に検証し、矛盾、不正、偏見、疑わしい動機を暴いている。

飢饉がナチス・ドイツによってソ連政権を悪者にするためにどのように利用されたかを追跡し、この物語が後に冷戦下の反共派によってどのように受け入れられたかを明らかにする。飢饉はウクライナだけでなく、ソビエトの様々な地域に影響を与えたというトトルの主張は、ジェノサイドの主張の根幹を揺るがし、ソビエトの政策の複雑さと失敗に光を当てている。

さらにトトルは、西側諸国における飢饉の描写を形成してきた地政学的な力を精査し、ジェノサイド神話の永続化と、それを扱う人々の政治的利益とのつながりを明らかにする。彼の作品は、歴史が不変の記録としてではなく、事実が捻じ曲げられ、証拠が型にはめられ、真実がイデオロギー戦争の犠牲になる戦場として描かれている。

豊かな土壌と伝統に彩られたウクライナの中心地は、政治的改ざんの舞台となり、飢饉はさまざまな地域に影響を及ぼした政策の広範囲な失敗ではなく、ウクライナ人を標的にした大量虐殺として描かれた。飢えは民族や国境を越えて広がり、ロシアの農民もカザフの牧畜民も免れなかった。飢饉には国境も(国家や支配者に対する)忠誠心もないように思われた。

そこで課題となるのは、歴史を現代の政治闘争の鈍器としてではなく、人間存在の多面性を明らかにする鮮やかで込み入ったタペストリーとしてとらえることである。以下のセクションでは、トトルが行ったように、ホロドモールの物語の糸を解きほぐし、ジェノサイドというレッテルに疑問を投げかけ、この歴史的出来事が政治的目的のために利用されている方法を明らかにする。

過去は鏡であり、光と影の両方を映し出す。ホロドモールの場合、何を見るかは立ち位置によって異なるかもしれないが、より深い理解を求めるには、あらゆる角度から鏡を検証し、そのひび割れや不完全さ、内在する複雑さを認識する必要がある。トトルの作品は、歴史が一つだけの視点に順応することは稀であることを痛感させる。ホロドモールの研究は、単純さの誘惑に身を委ねることなく、過去の反響に耳を傾け、表面の下を探り、疑問を投げかける意欲を要求する。

III. ジェノサイドのレッテルを解き明かす

A. ジェノサイドの定義

“ジェノサイド"という言葉は、単なる用語ではない。それは象徴であり、最も恐ろしい人間の行為を示すシニフィアン(記号内容、指し示すもの)である。軽んじたり、気軽に使ったりする言葉ではない。1944年にポーランド系ユダヤ人の弁護士ラファエル・レムキンによって作られた造語ジェノサイドは、ギリシャ語で人種や部族を意味する"genos"と、ラテン語で殺害を意味する"cide"に由来する。この言葉は、国家、民族、人種、宗教的集団に対する意図的な破壊行為を意味し、人類の辞書の中で陰鬱な標識として存在している。

ジェノサイドを理解するには、その法的・哲学的ルーツを掘り下げる必要がある。ジェノサイドという言葉の法的根拠となった1948年のジュネーブ条約は、ジェノサイドを、国家、民族、人種、宗教的集団の全部または一部を破壊する意図をもって行われる行為と定義している。これらの行為には、集団の構成員を殺害すること、身体的または精神的に重大な危害を加えること、身体的破壊をもたらすように意図された状況を与えること、集団内での出産を妨げること、子どもを集団から強制的に移送することなどが含まれる。

この用語をホロドモール飢饉に適用するには、繊細な針に糸を通す必要がある。一方では、惨劇の恐るべき規模、壊滅的な人命の損失、深刻な社会的動揺から、この出来事の巨大さをとらえる用語に手を伸ばしたくなる。その一方で、ジェノサイドというレッテルは、法的にも道徳的にも特別な意味を持つ。意図的な悪意、つまり国家、民族、人種、宗教的アイデンティティに基づき、ある集団を絶滅させるという計算された計画を誰か、あるいはある団体が立てたという非難(告発)を含む。

ホロドモールがこの定義に当てはまるかどうかをめぐる議論は、歴史的証拠、政治的イデオロギー、文化的記憶、道徳的判断が複雑に絡み合っている。これは単なる意味論の問題ではなく、意図の本質、因果関係、責任、そして歴史というレンズを通して人間の行動を解釈することへの深い問いかけなのである。

飢饉の間、ソ連の指導者たちはどのような意図で政策を行ったのだろうか?
ウクライナ人のアイデンティティを消滅させるという協調的な計画があったのか、それとも悲劇的な結果はより広範な経済的・政治的要因、誤った政策、あるいは思いがけない成り行きの結果だったのか?

こうした疑問が、ホロドモールをジェノサイドと定義する議論の核心にある。表面的な判断にとどまらず、この悲劇的な歴史の一章を形成した多面的な力学を理解しようとするアプローチが求められている。

以下の章では、法的枠組みを理解し、歴史的解釈を検討し、ホロドモールの理解を形成してきた様々な視点を探りながら、この複雑な問題を掘り下げていく。前途は曖昧さと矛盾に満ちているが、それは現代世界でも共鳴し続ける歴史的事件の微妙に異なる層 nuanced layers を明らかにすることを約束する旅である。

B. 法的枠組み

ジェノサイドの法的概念は単なる抽象概念ではなく、国家の行動を律する国際法の拘束力のある原則である。その核となるのが「ジェノサイドの犯罪の防止及び処罰に関する国際連合条約」(1948年)であり、法的定義を明確にし、ジェノサイドを訴追・防止するためのパラメーターを定めた礎となる文書である。

同条約によれば、ジェノサイドとは、民族、民族的、人種的、宗教的集団の全部または一部を破壊する特定の意図をもって行われる行為を指す。この特別の意図、すなわち"故意(犯罪意思)“という概念は極めて重要である。行為によって破壊がもたらされるだけでは不十分であり、破壊をもたらすための意図的かつ周到に準備したプランの明確な証拠がなければならない。

条約の下でジェノサイドに分類される行為には、以下のようなものがある:

・集団の構成員の殺害。

・集団の構成員に重大な身体的または精神的危害を加えること。

・集団の物理的破壊をもたらすような状況を故意に与えること。

・集団内での出産を防止するための措置をとること。

・集団の子どもを他の集団に強制的に移すこと。

法的枠組みには厳格な立証基準が求められる。ホロドモールのような悲劇がジェノサイドの基準を満たしていることを証明するには、悲惨な苦痛の規模や政策のひどさを語るだけでは不十分である。ウクライナの人々をはっきりと識別できる集団として滅ぼすという、具体的で的を絞った意図を立証する証拠を発掘することが必要なのだ。

法学者や歴史家は、しばしばとらえどころのない問いに取り組まなければならない:
飢饉の間、ソ連の政策の背後にあった動機は何だったのか?
ウクライナ人のアイデンティティを根絶することを目的とした行動であったことを、決定的に証明することはできるのか?
飢饉時の行動は、ホロコーストのような国際的に認められた大量虐殺と同じようなものなのか、 意図が明白であったのか?

このような質問は、難読化と厳重な情報統制によって意図、政策、結果の境界線が曖昧になりがちなソビエト政権の本質によって、さらに複雑なものとなっている。歴史的記録は矛盾、政治的偏見、不完全な文書にまみれており、意図を明確にする作業を複雑なパズルにしている。

ホロドモールの場合、ジェノサイドのレッテルをめぐる議論は、歴史的解釈を超えて国際法の領域に踏み込む手ごわい法的課題となる。この議論は、単に歴史の記録にとどまるものではなく、国際裁判所、外交会議場、そして権力の回廊で鳴り響いている。

この法的探求は簡単な答えを導き出すものではない。むしろ、ホロドモールのような出来事をジェノサイドと呼ぶことの複雑さを強調し、法律、歴史、証拠、道徳の間の微妙な相互作用を浮き彫りにしている。このレッテルに関する歴史的解釈や批判をさらに深めていく中で、法的枠組みは、私たちがこの深く争点となる問題の多面的な側面をナビゲートする上で、指針であると同時に物差しとしての役割を果たし続けるだろう。

C. 歴史的解釈

ホロドモールのタペストリーを紐解く上で、歴史的解釈はガイドであると同時に障壁でもある。歴史解釈は、われわれの過去に対する理解を形成し、それを、情報を与え、説得し、時には分裂させる物語へと形を変えていく。ジェノサイドとしてのホロドモールの解釈は一枚岩ではなく、むしろ歴史家、学者、政治家、活動家たちがダイナミックで、しばしば論争を起こしやすい問答を繰り広げる、議論のある領域である。

1. 意図主義者 Intentionalist の視点:

この学派は、飢饉はソビエト政権による意図的な行為であり、特にウクライナ人を標的として、彼らの民族的アイデンティティを抑圧するために行われたと考える。この見解の支持者は、ウクライナで特に苛酷だった穀物徴発割当や、飢饉の影響が明らかになったときに政権が援助を拒否したことなどの政策に言及する。

ソ連の公文書、証言、書簡から、この見解の支持者がウクライナのナショナリズムを弱めるための計算された努力を示唆する証拠が引き出されている。意図主義者の視点は、ホロドモールを国家が組織した大虐殺、ある文化的・民族的集団を根絶やしにするための意図的な計画の実行としてとらえる。

2. 修正主義者の視点:

修正主義の歴史家は、意図主義者の見解に異議を唱え、飢饉はウクライナ人に対する計画的な大量虐殺行為ではなく、より広範なソ連の政策の悲劇的な結果であったと主張する。彼らは、急速な工業化、集団化、そしてウクライナだけでなくソ連の様々な地域に影響を与えた全体的な経済変革という背景を強調する。

ソ連政府内の混乱、不始末、内部対立を反映した文書など、より広範な資料を活用し、修正主義者たちは飢饉を、民族を標的にした特異な行為ではなく、複雑な悲劇として提示する。

3. 民族主義者の視点:

ウクライナの民族主義的意識に根ざしたこの視点は、ホロドモールをウクライナの歴史における決定的瞬間とみなす。苦難と抵抗の集団的記憶と共鳴する解釈であり、ソ連崩壊後のウクライナのアイデンティティ形成に役立ってきた。

ナショナリストや、そして私が主張したいファシストの見解は、しばしば意図主義者の視点と一致するが、文化的、象徴的、感情的なレイヤーを追加する。これは単なる学術的な議論ではなく、ウクライナの政治的・社会的景観に影響を与え続ける生きた経験なのだ。

4. より広範なソ連の文脈

一部の学者や歴史家は、飢饉をより広いソ連の枠組みの中で理解する必要性を強調している。彼らは、ウクライナだけに焦点を当てると、飢饉がヴォルガ地域やカザフスタンのような他の地域に与えた影響を見落としてしまうと主張する。この視点は、ウクライナの苦しみに焦点を当てることと、より広範なソビエトの悲劇を認めることのバランスを取ろうとするものであり、飢饉を複雑な原因と結果を持つ多面的な出来事として認識する。

歴史的解釈は、ホロドモールそのものと同様に多様で多面的である。それは、証拠が吟味され、物語が構築され、意味が争われる領域である。ダグラス・トトルは、ジェノサイドの物語に対する手ごわい挑戦を提示する。彼は、飢饉はウクライナ人を標的にした攻撃ではなく、より広範な経済的・政治的要因の結果であったと主張する。トトルは、飢饉の犠牲者が多民族であったことを強調し、証拠の選択的使用と歴史記録の改ざんを暴露している。次のセクションでは、トトルの批評と別の視点を掘り下げ、この歴史的事件が現代世界でも反響を呼び、利用され続けている方法をさらに探っていく。

次のセクションでは、トトルの批評と別の視点を掘り下げ、飢饉の根底にある複雑さに光を当て、広く受け入れられている物語に挑戦する。彼の主張と彼が提示する証拠を検証することで、ホロドモールという歴史的出来事の多面的な性質と、様々な政治的・イデオロギー的目的のために解釈され利用されてきた方法を認識し、よりニュアンスのある理解を目指す。

D. トトルの批判と別の視点

歴史の迷路のような回廊はしばしば、明らかにするよりも隠すことの方が多い。複雑さとニュアンスの影は、一般的な物語の眩しさの中で失われてしまう。この入り組んだ迷路に、ダグラス・トトルの『詐欺、飢饉、ファシズム:ヒトラーからハーバードまでのウクライナ虐殺神話は、綿密な検証の光を導入し、ホロドモールへと続く踏みならされた道(多くの人々が選ぶ道)に別の光を投げかけている。

ダグラス・トトルの『詐欺、飢饉、ファシズム』
1. ジェノサイド物語 narrative への挑戦

トトルのペンは外科用メスのようであり、一般に受け入れられている物語を正確かつ懐疑的に解剖する。彼は、ホロドモールに貼られたジェノサイドというレッテルは、選択的な証拠と部分的な真実から紡ぎ出された構成概念であると主張する。彼の批評は飢饉を否定するものではなく、多面的な悲劇を過度に単純化することを拒否する。

トトルの考えでは、飢饉を民族大虐殺に還元することは、より広範な社会経済的背景を曖昧にする。彼は、工業化の徹底した行軍、農耕民族の伝統と集団化の衝突、ソビエト政策の内部矛盾、そしてその結果、ウクライナだけでなくソビエト連邦全体に波及した混乱を指摘している。

ジェノサイド物語に対するトトルの挑戦は、単なる懐疑にとどまらない。彼は歴史の織物を丹念に調べ、政策と人間の決断の込み入った事情を解きほぐしていく。彼は、ホロドモールは特定の民族を絶滅させようと画策されたものではなく、より広範な政治的、経済的な力がもたらした悲劇的な結果であると主張する。この視点は、私たちに安易な判断から一歩引いて、歴史の多面的な現実と向き合うことを求めている。

2. 飢饉の犠牲者の多民族性:

飢饉の触手はウクライナの国境を越え、ロシア人農民、カザフ遊牧民、その他の民族を巻き込んだ。トトルはこの多民族が受けた苦しみを強調し、しばしば言説を支配する民族中心主義的なレンズに挑戦している。飢饉を共有の悲劇として認識することで、理解をばらばらにしてきた不和を生じる(意見の相違を生む)物語に橋を架けようとしている。

トトルは、多民族による苦しみを強調することで、より統一的な歴史理解を目指す。彼は、飢饉の悲劇的な支配がウクライナを越え、ソ連内のさまざまな集団に影響を及ぼしたことを示す。この視点は、飢饉を孤立したものとして見る傾向に疑問を投げかけ、苦難の原因と人間の苦闘を共有する、より大きな物語の一部として認識するよう促している。

3. 詐欺: 証拠の捏造と選択的使用を暴く:

ダグラス・トトルのホロドモールに関する綿密な検証は、無視できない重要な対案を示している。彼の分析によれば、飢饉は標的を絞った大量虐殺であったという説話は詳細に分析され、不十分であることが判明している。これは単なる知的努力ではなく、道義的要請であり、歴史的真実の骨組みそのものをより深く探ることを要求している。

真実への道は、しばしば障害に満ちている。トトルの仕事は、歪曲、誇張、そしてあからさまな改ざんの地雷原をナビゲートすることである。彼は、特定の派閥がいかに写真を誤魔化し、証言を悪用し、さらにはナチスのプロパガンダと連携して、特定の政治的アジェンダにかなう物語を巧妙に作り上げたかを解明する。

後に"ホロドモール"物語として結晶化するものの発端は、熱狂的な親ナチのハースト新聞に掲載された、トーマス・ウォーカーと名乗る人物による記事に遡ることができる。精査してみると、この記事は自らの欺瞞の重みで崩れ去った。ウォーカーの発言が手の込んだでっち上げであることが判明しただけでなく、ウォーカー自身の身元も偽物であることが明らかになった。彼の正体はロバート・グリーンという贋作の網に絡まった脱獄囚で、のちにハースト紙のためにすべての話をでっち上げたと自供した。

詐欺が暴かれる:トーマス・ウォーカー、別名有罪判決を受けた重罪犯ロバート・グリーンは、ジェノサイド物語の捏造を告白した。

詐欺が暴かれる:トーマス・ウォーカー、別名有罪判決を受けた重罪犯ロバート・グリーンは、ジェノサイド物語の捏造を告白した

『詐欺、飢饉、ファシズム』より抜粋

詐欺、飢饉、ファシズム』より抜粋

このような欺瞞に満ちた発端は、単なる歴史の脚注として片付けるべきではなく、今日まで残る影を投げかけている。ウォーカーの偽造写真は、信憑性がないにもかかわらず、ウクライナのナショナリストや、ハーバード・ウクライナ研究所のような権威ある機関を含む洗練された西側のプロパガンダ・チャンネルによって支持され続けている。このように、信憑性のない(疑わしい)神話がいつまでも受け入れられていることは、1980年代に広範な冷戦アジェンダの一環として復活し、強化されたホロドモール物語の根強さを強調するものである。ウォーカーの物語は単なる変わった(せんさく好きな、奇異な)例外(変則、異常)ではなく、この複雑な歴史的事件をめぐる言説に広がっている、より広範な改ざんと虚偽のパターンを象徴している。

トトルが明るみに出した証拠の改ざんは、唖然とするものであると同時に、当惑してしまうものでもある。流用された他の飢饉の写真(1921-22年のヴォルガ飢饉)、特定の物語に沿うように捻じ曲げられた事実、意図的に仕組まれた誤報など、すべてが欺瞞のタペストリーを織りなしている。複雑で多面的なホロドモールは、この改ざんの中で歪曲されていく。これは歴史に対する裏切りであるだけでなく、知的誠実さと学問的誠実さの原則そのものに対する裏切りでもある。
不正な(欺くように意図した)証拠を武器として巧みに使うことは、苦しんだ人々の記憶を貶め、彼らの苦悩を単なる政治的道具に貶めることである。トトルの分析は、歴史的解釈と政治的ご都合主義の間の交点、つまりイデオロギー的利益のために事実が犠牲になりうる分かれ道を暴露している。

トトルの仕事は、歴史がどのように形成され、捻じ曲げられ、さらには武器化されうるかについての批判的な探求である。彼は、特定の物語に役立つように証拠が選別(いいとこ取り)されたり、改ざんされたりした事例を解明している。これは単なる学術的な考察ではなく、歴史解釈の倫理と、過去に対する理解を形成する人々の責任についての深い論評である。

4. 政治的動機とバイアス

さらに、大量虐殺の主張をあおる政治的動機とバイアスに対するトトルの精査は、歴史とイデオロギーの相互作用に対する深い理解と共鳴する。反共感情や、OUNのような特定のウクライナ民族主義グループの影響によって引き起こされた物語の構築は、深く憂慮すべき傾向を反映している。それは悲劇の商品化であり、人間の苦しみを現代の政治的意図に役立つ単純化された物語に還元することである。歴史的現実は、その複雑さにおいて、真実ではなく、特定のイデオロギーに基づいた物語に都合の良い戯画(パロディー)に置き換えられ、おおい隠されている。

5. 別の解釈:より広範なレンズ

トトルの描くホロドモールは、飢饉を引き起こした様々な要因の絡み合った網の目を包括するパノラマ的なものである。彼はこの悲劇を、世界経済の圧力、ソ連内部の力学、野心的な政策の予期せぬ結果という枠組みの中に位置づけている。

彼の視点は複雑なシンフォニーを響かせ、それぞれの声の調子は真実の一様相であり、民族虐殺という単純化されたメロディーに屈服することを拒む構成となっている。飢饉は悪の所業に矮小化されることなく、人間の野心、過ち、状況が生んだ嵐として認識される。

トトルの別の解釈は、ホロドモールを俯瞰し、その複雑さを認め、都合のよいレッテルに還元することを拒否している。飢饉をより広い文脈の中に位置づけることで、世界経済、政治的イデオロギー、そして人間の主体性が交錯していることを明らかにし、私たちの理解を豊かにしてくれる。彼のアプローチは、歴史が直線的で単純なものであることはめったになく、相互に関連し合う複雑な要因の網の目であることを思い出させてくれる

6. 現代の政治利用への異議申し立て

歴史のページを超えて、トトルの批評は現在にまで及び、ホロドモールが政治的武器として利用されていることに疑問を投げかける。彼の著作は、苦しみの商品化、すなわち歴史的悲劇を現代の争いのための流行(全般的に受け入れられ、利用されること)に変えることに対する反面教師となっている。

それは、複雑な出来事をスローガンやシンボル、あるいは党派性のための道具に還元することの危険性を認識し、誠実さ、知的厳密さ、そして共感をもって歴史に関わるよう呼びかける。

トトルの批評は歴史分析にとどまらず、現代政治において歴史がどのように利用され、濫用されているかについて考察を加えている。彼は、人間の苦しみを政治的流行に還元することの危険性に警告を発し、誠実さ、思いやり、知的厳密さをもって歴史にアプローチするよう促している。彼の作品はレスポンシビィリティ(責任、義務、信頼性の形)への呼びかけであり、その複雑さと人間性を尊重する方法で過去と関わるよう誘う。

分析

トトルの意見は、歴史的なコンセンサスに波紋を投げかけ、ホロドモールの多面的な本質を認識し、より深く見つめ、疑問を投げかける。それは過去だけでなく、現在と未来に語りかける意見であり、批判的な心、思いやりの心、そして複雑さを受け入れる意思を持って歴史にアプローチするよう促している。

ホロドモールに関するトトルの分析は、単純化された物語の海における批判的思考の道標である。彼は私たちに、より深く掘り下げて調査し、不快な真実と葛藤し、私たちの歴史理解を彩る白と黒が混ざった部分を認識するよう促している。彼の著書は、学術的な調査であると同時に、歴史そのものの本質に関する哲学的な考察でもある。二項対立を超え、その複雑さ、その矛盾、そして私たちの現状との永続的な関連性を認める形で過去と関わるよう、私たちに挑戦している。

トトルの仕事は、単なる批評ではなく、その複雑性を尊重し、証拠を尊重し、イデオロギーの限界を超越するようなやり方で、歴史と再びつながるよう誘う。それは、知的な厳密さ、倫理的な探究心、そして、歴史に真摯に向き合えば、分断のための武器ではなく、理解のための架け橋になりうるという認識への回帰を求める。

E. ソ連の政策とその複雑性

経済改革と集団化

ソ連が工業化と集団化を積極的に推し進めたのは、1930年代初頭を特徴付ける特徴だった。その目標は、大部分が農耕社会であったソ連を工業大国へと大転換させることだった。これには農業システムの全面的な見直しが含まれ、集団化が個人農業に取って代わった。これは非常に複雑な試みであり、意図した結果と意図しない結果の両方をはらんでいた。

集団化は、伝統的な農法から国家管理体制への移行を意味した。この大規模な再編成は、農民の混乱や抵抗、場合によってはあからさまな反乱を引き起こした。イデオロギー路線に固執する当局は、強制と弾圧で対抗した。しかし、これはウクライナ国民を標的にしたキャンペーンではなく、むしろソ連の包括的な政策だった。

飢饉への対応

ソ連を襲った飢饉は、ウクライナに限ったことではなかった。北コーカサス、クバン(クラスノダール)地方、ヴォルガ地方、カザフスタン、南ウラル、西シベリアなど、複数の穀倉地帯が影響を受けた危機であり、それぞれに固有の要因があった。ソ連政府の対応は、このような複雑さと、彼らが活動していた硬直したイデオロギーの枠組みに制約されていた面もある。

救援活動は行われたが、官僚主義、失策、国の全体的な経済状況によってしばしば妨げられた。このことは、ソ連政府の責任を免責するものではないが、悪意があったというよりも、複雑な対応に陥っていたことを物語っている。

政策の複雑さと微妙な差異

ホロドモールを理解するには、ソ連の政策の多面性を認める必要がある。これらは画一的、一枚岩の指示ではなく、むしろ経済的、政治的、社会的、国際的な要因が合体したものだった。政策は社会を変革しようという野心によって形成されたものだったが、成功の程度、感性、見識の程度はさまざまだった。

このような複雑性は、単純化された特徴付けを拒み、的を絞った大量虐殺行為という概念に挑戦するニュアンスに富んだ理解に貢献する。飢饉は紛れもなく悲劇的な出来事だったが、これを意図的な大量虐殺行為と決めつけることは、この時代を特徴づけた、より広範な背景と複雑に絡み合った要因を見落とすことになる。

飢饉に対する欧米の対応:より深い考察

1932年から1933年にかけてソビエト連邦の一部を襲った飢饉は、西側諸国も気づかなかったわけではない。政府、政治家、メディアは確かに危機を認識していたが、西側諸国の対応は不思議なほど控えめだった。この行為の欠如は、いくつかの重要な問題を提起し、歴史的な力学のより微妙に異なる理解につながる。

第一に、当時の地政学的状況を認識することが不可欠である。世界は世界大恐慌の渦中にあり、西側諸国は自国の経済的・社会的大混乱に取り組んでいた。さらに、ソ連の戦略的重要性がますます認識されるようになり、政治的計算と外交的駆け引きが複雑に絡み合っていた。

飢饉に対する認識にもかかわらず、西側諸国はこの問題に関してソ連政府と限られた対話しかしなかった。有意義な話し合いや協力的な取り組みが行われなかったことは、協力を促進し、解決策を模索する機会を逃したと見ることもできる。政治的な動機、経済的な利益、ソビエトのプロジェクトに対する根底にある疑念が、この抑制的なアプローチに影響を与えたのではないかという意見もある。

さらに問題なのは、飢饉の際に西側諸国から人道的支援がなかったことである。ソビエト連邦の状況は悲惨だったが、その苦しみを和らげるための大規模な援助や国際的な協調努力は目立って欠如していた。この不作為は、西側の意図に疑問を投げかけ、西側の対応を導いた価値観と優先順位に疑問を投げかける。

現在に話を戻すと、このような歴史的背景とはしばしば対立する物語が見られる。飢饉に関する現代のロシア非難は、過去の複雑な経緯から切り離されているように見える。西側諸国自身の不作為や危機への関与の欠如はしばしば見過ごされ、非難の矛先はロシアの足元に向けられる。

このような歴史的現実と現代のレトリックとの断絶は、学術的な関心事以上のものである。それは国際関係を形成し、国家間の相互作用のあり方に影響を与える。過去を単純化し、政治的武器として利用することで、歴史が教えてくれる教訓を見失う危険性がある。飢饉の悲劇は、出来事の多面性を認識し、現代の政治的意図の狭いレンズを通して見る誘惑を避ける、思慮深く批判的な検証に値する。

その結果、欧米の飢饉への対応は、当時も現在も、シニカルでしばしば困惑させるような全体像をはらんでいることが明らかになった。援助の欠如、無言の対話、現代の物語を形成する選択的記憶、これらすべてがこの歴史的出来事をより深く理解することに貢献している。歴史が見かけほど複雑でないことは稀であり、公平でバランスの取れたアプローチには、複雑さや矛盾、不快な真実など、私たちが共有する人間的経験を定義づけるものを認めることが必要なことを思い起こさせる。

次に、ホロドモールに関連するソ連の政策を検証すると、ジェノサイドというレッテルが示唆するよりもはるかに複雑で多面的なシナリオが見えてくる。このことは、人間の行動や決定を形作る複雑さを認識しながら、歴史的な出来事に鑑識眼をもってアプローチする必要性を強調している。ホロドモールの悲劇は、現代の論争の政治的な道具として使われるのではなく、この時代の複雑さを正当に評価する、徹底的でニュアンスのある探求に値する。

次の章では、ホロドモールの記憶が今日の世界の状況の中でどのように呼び起こされ、形成され、活用され続けているかをたどりながら、ジェノサイドというレッテルの現代的な政治的利用法を探っていく。

IV. ジェノサイドというレッテルの現代的政治利用

A. 歴史の武器化

現代の地政学の濁流は、つかの間の収益のために歴史を捻じ曲げることに境界線を知らないようである。ホロドモールは、計り知れない人間的悲劇でありながら、外交戦争の道具として操られてきた。2023年7月27日、イタリア上院がロシアに対する露骨な敵対工作として、飢饉をウクライナ人に対する大量虐殺と認定した最新のエピソードをご覧いただきたい。この行為は、時代の複雑さを無視した上院のアプローチの浅はかさを露呈し、現在のロシアとウクライナの戦争を考えると、進化する情報戦の中でロシアを攻撃するための歴史の皮肉な利用を反映している。これはイデオロギー的な攻撃であり、真実の会議場ではなく、パワーゲームの競技場に鳴り響くものだ。

B. アイデンティティの形成と国家主義的な神話

ウクライナがホロドモールを国民性の象徴に仕立て上げたことは、批判的に検証すると空々しく聞こえる。この再ブランディングは、歴史の清算以上のものであり、ファシストと民族主義的熱狂を助長する危険な書き換えである。飢饉を統一神話に仕立て上げることで、ウクライナはまがいもの国家としてのファシストの起源やドンバスでかつての市民に犯した戦争犯罪に対する純粋な懸念(危機感)から目を逸らしている。過去は、理解の土台となるどころか、さらなる分断を促し、偏狭なイデオロギーへの傾倒を覆い隠す分裂の原因となっている。

C. 地政学的チェス盤

イタリアの承認とそれに続くロシアの妥当な対応は、世界の舞台が複雑なチェス盤であり、歴史的事実が駆け引きの材料となることを明らかにしている。イタリアのスタンスは単なる歴史的判断ではなく、より広範な国際的駆け引きの中に織り込まれた政治的策略(賭け)である。このスタンスの反響は遠くまで届き、冷戦時代の影を背負い、復活したロシアが絶えず標的にされている世界の力学の変化と共鳴している。

D. メディアとナラティブ・コントロール Narrative Control

ホロドモールを大虐殺と認定したイタリアの最近の決定と、それに伴うメディア報道は、ロシアに対する現在進行中の情報戦におけるより広範な戦略を明らかにしている。アジェンダ主導 agenda-driven のメディアや政治家の手にかかると、飢饉の悲劇的な歴史は、現代の地政学的利益に奉仕するために武器化され、シニカルな小細工の道具に変貌する。イタリア上院によるこのマヌーバー(策略)は、複雑な真実を誠実に検証しているというよりも、ロシアに敵対する物語を推し進めるために歴史的な痛みを利用している。ロシア外務省の回答は、イタリアの行動の非友好的な性質を雄弁に物語り、多面的な歴史上の出来事を、現代の政治戦のための鈍器に単純化することを明らかにし、最も重要な反駁となっている。
現在のロシアとウクライナの紛争と西側の執拗なメディア・キャンペーンの霧の中で、イタリアの決定は、地政学の壮大なチェス盤の中で慎重に計算された動きとして具体化し、反ロシアの物語を煽るために歴史を歪曲している。対照的に、ロシアの姿勢は、歴史に関わる際に求められる誠実さとニュアンスを辛辣に思い起こさせるものであり、世界的な世論をめぐる戦いの中で、しばしば不謹慎な方法で物語が形成され、展開されることへの挑戦でもある。

E. 結論:歴史の生ける遺産

イタリア上院のシニカルな姿勢と7月28日の出来事によって浮き彫りにされたホロドモールの政治的利用は、不快な現実を掘り起こした。歴史は中立的な研究分野とはほど遠く、改ざんや不正使用の影響を受けやすい生きて呼吸している存在である。

ホロドモールの現在の復活は、歴史がいかに誤用され、知的に不正直(誠意の感じられない)で、倫理的に妥協する姿勢につながるかを示す、落胆させる証言となっている。そして、その多面的な性質を認識し、現代政治という不安定な状況において過去が誤用されることのないよう、厳密さと誠実さをもって過去にアプローチすることを私たちに求めている。

ナラティブが武器化され、歴史が政治的目的のために徴兵(徴集)される世界において、ホロドモールは、責任ある、ニュアンスのある(細部、パターン、意味の複数の層を持つ)、真実の過去への関与の必要性を痛感させる。

V. 教育的イニシアティブと一般大衆の認識の形成

最近、カナダ議会でナチス帰還兵ヤロスラフ・フンカが"うっかり"美化されたばかりだが、次はオンタリオ州の教室における歴史の武器化である。
カナダのオンタリオ州は、教育や歴史的言説の分野で最近、ホロドモールの物語 narrative 教育カリキュラムに組み込むという決定的な一歩を踏み出した。2025年秋から、10年生の歴史の授業では、ホロドモールについて学ぶことが義務づけられる。このカリキュラムの変更は、単なる教育的修正の域を超えた、より広範な地政学的傾向を反映したナラティブ形成の深刻な行為である。このような傾向は、ホロドモールをますます大量虐殺的な観点で描くようになり、現在進行中のロシアに対する情報戦に沿った物語となっている。
オンタリオ州がホロドモールを大量虐殺と決めつけたことは、西側の物語におけるより広範なパターンと共鳴している。歴史上の人物、特にスターリン率いるソビエト政権に特異な極悪非道な動機に帰するアプローチの典型である。この構想は、ホロドモールの物語をロシアに対して武器化するという直接的な目的には役立つかもしれないが、複雑な歴史のタペストリーを単純化しすぎる危険性がある。このようなアプローチは、現代の地政学的戦略において歴史を道具として使うという、より広範な傾向を体現している。この教育的取り組みは、表向きは若者の心を啓蒙することを目的としているが、情報戦の気付かないうちに作用する道具になる可能性も秘めている。
ホロドモールを大量虐殺の枠組みでとらえることで、ロシアをソ連時代の政策と疑惑の責任を受け継ぐ者として位置づけ、欧米の政治的アジェンダを間接的に支援する物語にさりげなく貢献している。このプロセスにおいて、真の犠牲者は歴史認識の誠実さである。現代の政治的アジェンダに合わせて物語が合理化されると、歴史的出来事の豊かな複雑性はしばしば影を潜めてしまう。この過度な単純化は、歴史学という学問分野を弱体化させるだけでなく、過去に対する私たちの集団的理解をも貧弱にする。歴史を、曖昧さと複雑さを織り込んだ人間の経験のタペストリーから、武器化された物語へと変質させ、教育的で啓発的な可能性の多くを失わせる。
オンタリオ州がこの道を歩み始めた今、教育者と政策立案者は、教育、政治、歴史解釈の重要な岐路にいることに気づく。この発展には、歴史を一枚岩の物語としてではなく、複雑性に富んだ物語として提示し、批判的思考と過去とのより深い関わりを促す取り組みが必要である。教室は、政治的に都合のよい物語を巧妙に教え込む場ではなく、探求と理解のための空間であり続けることが不可欠である。
オンタリオ州におけるこの教育的イニシアチブは、過去の政治化と武器化が顕著な時代に歴史教育のより広範な課題を反映している。それは、歴史の複雑さを尊重し、善と悪という単純な二元論を超えて、人間の複雑な物語を理解する力を養うものである。

ホロドモールの物語を具現化したオンタリオ州の教育政策の意味を考えるとき、同様のアプローチが世界中の政治的領域でどのように現れているかがますます明らかになってくる。その適切な例が、前に述べた2023年7月27日にイタリア上院がホロドモールを大量虐殺と認定したことである。この政治的承認は、オンタリオ州における教育的イニシアチブと類似しており、特にロシアとの関係において、西側の地政学的物語を支持する形で歴史的出来事に枠をはめようとする、より広範で世界的な傾向をさらに示している。

イタリア上院がホロドモールをジェノサイドと認定したことは、すでに調査したように、オンタリオ州の教育政策と同様の意図を反映している。どちらの事例も、現在の地政学的スタンス、特に西側諸国の対ロシア情報戦キャンペーンに沿ったナラティブを構築するために、歴史的出来事を戦略的に利用していることの証左となっている。教育と政治におけるこうした並行した動きは、ある重要なパターンを強調している:
学問のレンズを通してであれ、政治的な命令を通してであれ、歴史はシニカルな視点や政治的意図を強化するためにますます活用されるようになっており、歴史的な出来事に内在する複雑さや、異なる(分岐する)証拠、多様な視点はしばしば影を潜めている。

VI. 倫理的考察と予想される結果

A. 歴史解釈の倫理と学者・政治家の責任

権力の入り組んだ陰謀の中で、歴史はしばしば捨て駒となり、現代の野望のために型にはめられ、歪曲される。ホロドモールを大虐殺として西側諸国が選択的に描いていることは、歴史の解釈と学者や政治家の義務の両面において、倫理的に重大なジレンマを前面に押し出している。

歴史に真摯に深く関わるという使命は、飢饉の複雑な性格をイデオロギー的な小競り合いの単なる道具である表面的な物語に還元する政治的意図によって覆い隠されている。この還元主義は歴史研究の本質を裏切り、過去の豊かなニュアンスが現代の目的のために犠牲にされる知的小細工に陥っている。

B. 国際関係への影響と歴史的ナラティブをごまかすことの潜在的結果

過去の遠い残響は、今日の激動する国際情勢の中で共鳴を見出す。ホロドモールの物語が故意に誤って伝えられることは、学者たちの議論を超え、世界外交の複雑な領域に浸透している。

イタリアをはじめとする同じ考えを持った国々による飢饉を大虐殺とする描写は、歴史探究のための孤立した行為ではなく、より広範な反ロシアの意図と同期した、より壮大な地政学的チェスゲームにおける意図的な動きである。この成り行きは国際関係の根幹にまで及び、不和と不信を生み、紛争をエスカレートさせる可能性がある。

この狡猾な歪曲によって、過去は戦場となり、同盟関係は緊張し、歴史の真実は政治的戦争の惨事となる。

この改ざんの倫理的な影響力は、いくら強調してもしすぎることはない。協力的な対話の基盤を侵食し、歴史の豊かなタペストリーをモノクロ分割に単純化し、共感と協力の可能性を減少させる。

誠実さの必須事項

人間の苦しみを痛切に思い起こさせるホロドモールを、現代の政治的武器として利用することは、責任ある歴史的探求からの離脱を反映している。それは、知的な厳密さ、倫理的な忠実さ、そして私たちの共同体の過去を規定する重層的な真実を掘り起こすことへのコミットメントを再び受け入れる緊急性を強調している。それは、還元主義的な物語を避け、歴史を構成する複雑な相互作用を認識することへの呼びかけである。

私たちは、知恵と識別力をもって、これらの倫理的課題に立ち向かわなければならない。次のセクションでは、このような内省を胸に、よりバランスの取れた視点に向かい、表面的なものを超越し、歴史の複雑な核心に迫るニュアンスのある理解を求めていく。バランスの取れた見方への道は、過去を正直に評価し、歴史という複雑なダンスを認識することから始まり、より啓発され、情報に通じた未来への道を開く。

VII. バランスの取れた視点に向けて

A. 歴史が求めるニュアンス

地政学的な駆け引きの深い混迷の中で、歴史の本物の輪郭はしばしば私たちの手には届かない。多様な層を持つホロドモールのケースも例外ではない。ホロドモールを単に大虐殺として捉えることは、この大惨事を形作った複雑な力学を完全に無視することになる。

私たちは、複雑さとニュアンスへの確固としたコミットメントに導かれながら、分別を持って歴史の迷路をナビゲートしなければならない。それは、多様な織り糸 ── 政治的な決定、経済力、自然条件、文化的要因、国際関係 ── により、簡単すぎる特徴づけ(描写)に従わず、入り組んだダンスの中で混ざり合うものすべてで織られたタペストリーである。

B. 学者のレスポンシビィリティ(責任、義務)

歴史探究の領域は学問の独占領域ではなく、アイデンティティ、イデオロギー、世界的な相互作用を形成しながら、人々の意識に浸透している。それゆえ、学者には、狭量でアジェンダ主導の物語を超越し、より豊かで多面的な検証を行う重い責任がある。

学者の視線は、不快な現実からひるんではならないし、現代の政治的風潮に左右されてはならない。それがどんなに複雑で不都合なものであろうとも、真実を容赦なく追求し、探求し、疑問を投げかけ、照らし出さなければならない。

C. 政治分野との関わり

歴史と政治の関係はデリケートなダンスであり、緊張と潜在的な行き違いをはらんでいる。ロシアを攻撃する手段として政治団体がホロドモールを利用したことは、そのバランスがいかに微妙なものであるかを物語っている。

政府や政治指導者は、現在の目的のために過去を歪曲することの重大な意味を認識し、歴史を武器として振るう誘惑に抵抗しなければならない。歴史を改ざんするのではなく、理解することに真摯に取り組むことで、良心的に歴史と関わる努力をしなければならない。

D. 和解への道

より調和のとれた国際情勢への道筋は、過去の複雑さを認める私たちの集団的能力にある。ホロドモールを一面的な政治的棍棒としてではなく、多面的な歴史的出来事として受け入れることで、対話、共感、そして和解への扉を開くことができる。

共通の人間性、共通の苦しみ、そして相互の歴史的遺産を認識することで、協力と理解の環境を育むことができる。それは、ナショナリズム、民族性、イデオロギーの境界を超え、共通の人間的経験のレベルで私たちをつなぐ道である。

バランスの取れた視点の活力

分断、偏向、歴史の武器化が顕著な時代にあって、ホロドモールに対するバランスの取れた視点を求める声は、深い緊急性をもって響く。前途は単純でも簡単にできることでもないが、必要な旅路である。

バランスの取れた理解を追求することは、単なる知的訓練ではなく、道徳的な要請であり、真実、誠実さ、そして世界的な癒しの可能性への社会的コミットメントである。

歴史を退屈な(飽き飽きする)物語に還元することを拒否し、その複雑さ、矛盾、人間性を尊重することによって、私たちはより倫理的で、より思いやりがあり、より公正な世界の基盤を築くことができる。それは、知恵と勇気、そして私たちが共有する過去の重層的な豊かさへの揺るぎない忠誠を必要とする仕事である。この努力によって、私たちは歴史とのより深いつながりだけでなく、互いにより人間的なつながりを築くことができる。

VIII. 結論:武器ではなく、対話としての歴史

ホロドモールの複雑で波乱に満ちたタペストリーが私たちの目の前で紐解かれるとき、それは単に痛ましい過去の出来事を明らかにするだけではない。それは、ごまかし(改ざん)、不一致(不和)、そして地政学的道具としての歴史の皮肉な利用によって特徴づけられる現在の現実をさらけ出している。
イタリア上院の決定は、高貴な立場を装っているが、複雑な歴史的悲劇を、現在進行中の情報戦の武器に変えようとする一致協力の努力を露わにしている。これは孤立した行為ではなく、歴史、真実、そして人間性が、無慈悲な物語の戦いの犠牲となる、より広範で不穏なパターンの一部だ。

ホロドモールの文脈で “ジェノサイド"という言葉を口にすることは、慎重かつ批判的な内省を伴うものでなければならない。それは単に言葉や定義の問題ではなく、私たちが過去とどのように関わるかという本質的な問題なのだ。政治的決定、経済的現実、文化的力学、国際政治が織りなすこの出来事の複雑さは、単なるスローガンやプロパガンダの道具に還元することを拒む。そうすることは、歴史だけでなく、苦しんだ人々の記憶をも裏切ることになるからだ。

ダグラス・トトルによってもたらされた視点を再検討すると、飢饉に対するニュアンスに富んだ理解の重要性を思い知らされる。トトルは、大虐殺の主張における不正、改ざん、証拠の選択的使用を丹念に暴き、OUNのような過激派ウクライナ人グループの利害との厄介な提携を明らかにした。このようなつながりと、詐欺的な物語がどのように彼らの目的を果たしたかを明らかにすることで、彼はホロドモールをウクライナ中心の悲劇や単純化されたジェノサイドに還元することに深い問題があることを浮き彫りにする。
このようなアプローチは、より広範な社会経済的背景を曖昧にし、さまざまな民族に影響を与えた相互関連的な苦しみを否定し、危機の多面的な性質を台無しにする(ひそかに傷つける)。このようなより複雑な見方と関わることは、知的努力であると同時に、あの困難な時代を耐え抜いたすべての人々の記憶と経験を尊重する倫理的義務でもある。

現在進行中のロシア・ウクライナ紛争の影で、イタリアの決断と西側諸国との協調は、歴史的判断以上のものとして現れている。それは戦略的な攻撃として、より大きなゲームにおけるマヌーバーとして響いてくる。ロシアのナラティブに対する姿勢は、単なる反応ではなく、より思慮深く、ニュアンスのある歴史への関わりを求める懇願である。その懇願は、悲劇的なことに、アジェンダ主導のレトリックの不協和音にかき消されてしまう。

しかし、人間的な要素は根強く残り、私たちが共有する人間性のささやきは沈黙を拒む。それは、苦難に耐え、苦しみ、死んでいった無数の人々の声である。それは、共感、理解、そして政治、国籍、イデオロギーの垣根を越えた人間の共通体験の認識を求める声だ。

この省察(内省)は、ホロドモールをめぐる言説の多くを特徴づけてきた分極化と還元主義を否定するものであり、歴史への異なるアプローチへの扉を開くものである。その代わりに、複雑性へのコミットメント、知的誠実さ、そして歴史の力は、現在の課題に奉仕する能力ではなく、照らし、教育し、鼓舞する(霊感を与える)能力にあるという認識を求めている。オンタリオ州では、ホロドモールの大虐殺の物語が教育の織物に織り込まれるにつれ、西側諸国がロシアに対する皮肉な情報戦のために、歴史の悲劇的な時代を武器化することを一層強固なものにしている。

本物の(心からの)対話、癒しと和解への道には困難がつきまとう。それには、単純化された物語の誘惑に屈しない勇気、複雑さを受け入れる姿勢、知的・倫理的誠実さへの揺るぎない献身が求められる。

歴史とは、その最も豊かな形において、戦いの場ではなく、意見交換であり、私たちを過去と、互いに、そして私たち自身の人間性と結びつける会話である。それは、出来事の多面性を認め、過去を武器として振り回す誘惑に抵抗し、過去を生きた人々の尊厳を尊重する話し合いである。

ホロドモールは、その複雑さゆえに、歴史に深く、思いやりを持って、誠実に関わる機会を与えてくれる。現在の争いを乗り越え、理解と協力によって示される未来を切り開くチャンスである。最終的には、歴史とは地政学的なゲームにおける点数稼ぎではなく、人間存在の入り組んだダンスの中で私たちすべてを結びつける深いつながりなのだということを思い出すチャンスなのだ。

──おわり

ダグラス・トトルの『詐欺、飢饉、ファシズム』書評から

ダグラス・トトルの『詐欺、飢饉、ファシズム』

肝心かなめの、この記事のキモとも言える、ダグラス・トトルの『詐欺、飢饉、ファシズム』という本は読んだこともないし、邦訳もされていません。アマゾンの書評に、この本の内容が伝わると思えるコメントがありましたので、それを紹介します。

そしてそれは、あなたを魅了した彼の手によって与えられる。
2005年10月25日、米国にてレビュー
David Chirko

問題の作品をレビューする前に、まず言っておきたい。1983年4月27日、CBCテレビの『The Fifth Estate』という番組のボブ・マッケイウンが、ウクライナの1932-3年の飢饉とされる出来事について、オレ・ルマク制作の『ウクライナの飢饉』と題する一方的なストーリーを放送した。1988年の間、ベラルーシ人とポーランド人の先祖を持つ父方の親戚を訪ねたが、その地域の住民と話したとき、このような飢饉は、困難な時代ではあったが、一度も起こらなかったと知らされた。ちなみに、前述の親戚はキリスト教徒であり、親共産主義的なつながりはない。

飢饉問題に関する信頼できる情報源として「民衆の年鑑(暦)#3」デイヴィッド・ワレチンスキー、アーヴィング・ウォレス著(トロント:バンタム・ブックス、1981年、420ページ)の中の第10章「通信」の「起こらなかった9つの記憶に残る新聞記事」の項目で、アン・エルウッドの記事「(9.) ソビエト連邦における深刻な穀物不作、ハースト新聞、1935年より」があることも付け加えておこう。
この本では、"飢饉"が実際には、反ソ、反ユダヤ主義者で出版界の実力者であるウィリアム・ランドルフ・ハーストによってでっち上げられた新聞のデマであったことが説明されている。ハーストは、コロラド州の刑務所にいた元刑務官で自称記者のロバート・グリーン、通称トーマス・ウォーカーという偽造屋を使って、1921年のヴォルガ飢饉の写真を使い、1930年代にウクライナ(彼は一度も足を踏み入れたことがない)で大量の飢餓が発生したという幻想を作り上げた。ハーストが歪曲しようとしたシナリオが事実であろうとなかろうと、彼はこう言ったと言われている。
「あなたは写真を提供し、私は戦争を提供する」
外国特派員のリンゼイ・パロットは、同じハースト紙の別の場所で(印刷が許可されればの話だが)ウクライナでの豊作について語っている!

スペースがないので、ダグラス・トトルの『詐欺、飢饉、ファシズム』の啓蒙的な点をすべてカバーすることはできない。しかし、1934年にハーストのインターナショナル・ニュース・サービスから世界のニュースを購入することに同意したヒトラーのナチスによる出版物と連動して、ハーストの誤報キャンペーンが1930年代にどのように発展したかを詳しく説明することによって、飢饉神話を否定する画期的な本であることを最初に言っておこう。これは、ナチスによるソ連侵攻を予期させるものであった(ソ連は国際連盟にも加盟したくなかった)。このキャンペーンは、第二次世界大戦後に移住してきたウクライナ・ナショナリストたちによって冷戦時代に展開されたもので、彼らの一部は北米の大学の東欧研究学科で教鞭を執っており、彼らが祖国で先に犯した残虐行為を偽りの学問で覆い隠し、"ユダヤ人国家組織"とソビエトが"飢饉"の首謀者だと非難している。ここで注目すべきは、ユーリイ・チュマツキーの反ユダヤ主義的著作『なぜ一つのホロコーストは他のものよりも価値があるのか?』(リッドコム、オーストラリア:ウクライナ反乱軍の帰還兵たち、1986)をトトルが検証していることだ。

そこで、トトルは、"飢饉の犠牲者"の数は文献の中で絶え間なく変化している ─ 100万人から1,000万人まで、20の証言がある ─ そしてその数字は増え続けている(現在では約1,500万人にまで!)と指摘する。ウクライナの国勢調査では、1926年から1939年の間に人口が333万9,000人増加したと報告されている(1920年代後半にウクライナに住んでいた200万~300万人のクバン・コサックがロシア人として登録されたため、多少の損失は説明できる)。マッカーシーのような"共産主義者の恐怖"もまた、極右の格好のネタになるには、先に虐殺されたユダヤ人の数よりも多くの飢饉による死者を必要とした。彼らはここでウクライナの民族主義者の助けを借りた。トトルは、このような損失で誰が畑を耕し、国を養うことになるのだろうかと、私たちに考えさせる。
また、ウクライナが第二次世界大戦中に被った莫大な軍事的・民間的損失(歴史家によれば1000万人)を考えると、2500万人の民族人口のうち700万人(すべて東部から!)に加えて、飢饉信者はもっと前に失ったと言うが、1980年代の初めまでにウクライナの総人口約5,000万人のうち3,700万人のウクライナ民族を抱えることになったのはなぜか! そして、これらの遺体はどうされたのか、巨大な墓はあったのか? まあ、今日(もしそれが本当なら)北米の新聞の一面は、このようなファンタスティックな記事で埋め尽くされることだろう!

次にトトルは、元英国シークレットサービスの諜報員(そして1937年に入党した共産党員でもある!)ロバート・コンクエスト(ウクライナ・ナショナリスト組織から8万ドルの報酬を得て執筆したと言われている)の歴史的に不正確な『悲しみの収穫』(エドモントン:アルバータ大学出版局、1986年)について、ナショナリストたちが彼に依頼し、提供した同様のインチキ調査についてコメントしている。この本(と後述する類似の映画)は、カナダ議会が1985年2月7日、ジュール・デシェネス判事の下、カナダ在住の戦犯に関する独立調査委員会「デシェネス委員会」を設立して間もなく発表された。偶然の一致か、それとも世論の焦点を迫害者から"迫害される人々"に変えるための陽動作戦なのか?

特に興味深いのは、ヴォロディミル・クビヨヴィッチ(トトルが確認したところでは、彼は歴史とプロパガンダを区別するのは困難だと考えていた ─ 彼自身の理由から)編、トロント大学出版、1963年および1971年発行『ウクライナ:簡潔な百科事典』全2巻』に掲載されている"飢饉"とそれに関連するプロパガンダについてのトトルの論評である。
("反ユダヤ主義"、"バビ・ヤールの虐殺"、"ベイリス事件"、"フメリニツキー虐殺"、"ウクライナ主導のポグロム"などが、この白塗り(うわべを飾った)百科事典で言及されているのを見た覚えがない。また、ユダヤ人がウクライナにもたらした莫大な文化的貢献についても、ほとんど触れられていない。勘弁してほしい)

最後に、トトルは、カナダ製で税金が投入された映画『絶望の収穫 Harvest Of Despair』で使われた飢饉ジェノサイドのプロパガンダを暴露している。この映画は1986年9月19日、PBSの『Firing Line』でのみ放映されたが、アメリカの3大ネットワークのどこも(資料が不十分だという理由で)放映を見送った。
ジャーナリストで飢餓信仰信奉者のクリストファー・ヒッチェンズ、ハリソン・ソールズベリー(彼は映画鑑賞後、司会のウィリアム・F・バックリーのこの映画についての質問に答えた)は、彼とコンクエスト氏に対して「あなた方のどちらかが、不正確な情報や歪曲を発見しましたか?」という質問に対して、「……いろいろなものを寄せ集めたような……」とまで言っている;1917年以前のニュースフィルムや、1921-2年の『皇帝の飢餓』、1929年の『アーセナル』、第2次世界大戦中の『レニングラード包囲戦』などのフィルムが、断片的あるいは連続的に登場するからだ。
映画の中でも、鑑賞後のパネリストたちからも、ハースト氏とウォーカー氏についての言及はなかった。映画の中でインタビューされた飢饉の"目撃者"の多くは、トトルによって、模範的とは言えない経歴の持ち主であることが示された。ソビエトによる圧制的な集団化に対する農民の反応について、映画のナレーターは “農作物を燃やし、家畜を殺し、都市に逃亡する農民もいる"と言い、後には “単に働くことを拒否することによって"と言っている。自問自答せざるを得ない。そもそも苦難のどれだけが、富農によってもたらされたものなのか?
トトルの説明によれば、実際、徴用工、サボタージュ、新しい集団体制に適応できなかったことが、誰をも滅ぼしたのだという。

トトルの上記の主張を裏付けるために、ドン・カミングが1986年12月15日に『Mclean’s』誌に発表した「スターリンの農民戦争」という記事(第99巻第50号の56-7ページ)をご覧いただきたい。そこでは「絶望の収穫」の映画の信憑性が、まさにその研究者であるマルコ・カリーニクによって疑問視されており、カリーニクはそこで使用された写真の著作権侵害を主張している。
(ウクライナ・ナショナリストのポスター写真で、裸の"カエルの子供"を抱いてベンチに座っている、フラッパー(※1920年代の髪をショートカットにし、短いスカートをはき、ジャズ音楽を愛好し、伝統的な価値観を嫌って奔放に生きた若い女性を指す)ハットをかぶった女性 ─ いずれにせよ質素な女性には見えない ─ を覚えているだろうか? あれは1920年代初頭のロシアの飢饉を描いた出版物からの盗作だ!)
同じ記事の中で、ダグラス・トトルは、自分がソ連のシンパであるという見方を、本を書くにあたって(旧)ソ連大使館とは何の関係もなく、この本に関する3年間の調査に対して報酬を受け取ったこともないと断言することで退けている。
特記事項:トトルの本の出版後、1990年にミハイル・ゴルバチョフの"自由な報道機関"が中央委員会の公文書館を公開した際、文書の調査によって、1930年代にウクライナで大量虐殺的な飢饉が起きていないことが明らかになったが、この事実は、デマを流した者たちによって黙殺されたようだ。
(ゴルバチョフは以前、"カティンの森の大虐殺"─ 1940年4月から5月にかけてロシアのスモレンスク近郊で22,000人のポーランド人捕虜が殺害された事件 ─ にソ連が加担したことを認めたが、それは別の問題であり、別の本である)

この最高の本の唯一の不満は、一番役に立つ索引がないことだ。トトルの本は、ウィリアム・ランドルフ・ハーストのイエロー・ジャーナリズムと反ユダヤ、飢饉プロパガンダ・キャンペーンの伝承に関する真実性を求める人々にとって必読書である。最後に、私は政治的には左派ではない。スターリンが自分の敵対者の多くを収容所に送ったこと、あるいは完全に殺害させたことは知っている。しかし、彼は1932-3年に何百万人ものウクライナ人を意図的に餓死させたわけではない。
ダグラス・トトルの『詐欺、飢饉、ファシズム』がこれを十分に証明している。それを読んで、思い出してほしい。プロパガンダは陰湿なまでに魅惑的であり、それはあなたを惑わす者の手によって与えられる。


最後の一言「プロパガンダは陰湿なまでに魅惑的であり、それはあなたを惑わす者の手によって与えられる
まさに。至言です。

ダグラス・トトルの『詐欺、飢饉、ファシズム』

このジェリー・ノーラン氏の「ホロドモールの飢饉:ジェノサイド物語の正体を暴く」はコマーシャルのようにさりげなく流されるプロパガンダ=ニュース、新聞記事、ネット情報などの、真偽と、その意図を冷静に俯瞰する指針だと言えると思います。そして何よりも著者のスタンスは、今日、イスラエルで繰り広げられるパレスチナの人々に対する想像を絶する殺戮、それを止めようともしない西側民主主義国の政府の姿勢とは対極にあることです。その根底には歴史と人に対する慈しみと優しさが流れています。そこから生まれる誠実さがあります。

この知的・倫理的誠実さは今日、西側民主主義国の政府の指導者には既にありません。主流メディアにもありません。つまり、私たち庶民を守り、公平な知識、モラル、情報を提供すべきはずの存在には、人間として一番大切なものが欠けているということです。この人たちに私たちの世界を任せることはできません。

この記事の中で最後の方に出てくる言葉
「本物の対話、癒しと和解への道には困難がつきまとう。それには、単純化された物語の誘惑に屈しない勇気、複雑さを受け入れる姿勢、知的・倫理的誠実さへの揺るぎない献身が求められる」
今日、これを実践している指導者はロシアのプーチンとベラルーシのルカシェンコくらいしかいないのではないでしょうか? 

オンタリオ州、10年生の歴史授業でホロドモール飢饉の授業を義務化

Ontario to mandate lessons on Holodomor Ukrainian famine in Grade 10 history classes

オンタリオ州教育大臣スティーブン・レッチェは火曜日、ウクライナのホロドモール飢饉は大量虐殺行為であり、カナダ人はそれを記憶する義務があると述べた。(スペンサー・ガリチャン・ロウ/CBC)

オンタリオ州教育大臣スティーブン・レッチェは火曜日、ウクライナのホロドモール飢饉は大量虐殺行為であり、カナダ人はそれを記憶する義務があると述べた。(スペンサー・ガリチャン・ロウ/CBC)

州はカナダ・ウクライナ財団に40万ドルを寄付し、ホロドモール全国啓蒙ツアーを支援
2023年11月28日

オンタリオ州の10年生では、2025年秋からカナダ史の授業の一環として、ウクライナのホロドモール飢饉に関する教育が義務付けられる。

火曜日の記者会見で、スティーブン・レッチェ教育相は、この授業の拡大は、子供たちがカナダのウクライナ人社会に与えたホロドモールの影響を理解し、歴史の一部から「悪に直面しても決して傍観者にならない」ことを学ぶのに役立つだろうと述べた。

「ウクライナの人々に対するこの飢饉は大量虐殺行為であり、それを忘れないようにすることはカナダ人としての私たちの義務です」とレッチェは語った。

「ホロドモールにおけるウクライナ人迫害の惨状を10年生のカナダ史で学ぶことを義務付けるなど、私たちが共有する価値観に関する教育を強化する決意です」

カリキュラムの追加は2025年9月から実施され、政府は、ホロドモールが「1932年から1933年の間に何百万人ものウクライナ人を殺したウクライナの人為的飢饉につながった共産主義ソビエト連邦の全体主義的政策の結果であった」ことを概説するとしている。

蛇足のおまけ(ウィキから)

『詐欺、飢餓、ファシズム:ヒトラーからハーバードまでのウクライナ人虐殺神話』という本の著者ダグラス・トトル氏の情報はネット上にはあまりありません。ウィキくらいのものです。"ホロドモールの否定"、"Holodomor denial"で検索すると、ホロドモールを否定したとんでもない人物という感じでいくつか出てきます。
参考までに、ウィキの「ホロドモールの否定」から、ダグラス・トトル氏についての記述を引用します。

= ダグラス・トトル =
1980年代、労働組合の組織者でジャーナリストのダグラス・トトルは、ソ連当局の協力を得て『詐欺、飢餓、ウクライナのファシズム』というタイトルの本を出版し、ウクライナの飢餓はジェノサイドではないと主張した。そしてソ連のウクライナで出版された。しかし、最終的な出版を前に、キエフでこの本の校閲者は「ウクライナのファシズムは存在しない」と主張し、本の名前を変更するよう主張した。トトルはこの改名を拒否したため、本の出版は数年遅れた。
1987年、トトルはカナダのトロントで、プログレス出版社から『詐欺、飢餓、ファシズム:ヒトラーからハーバードまでのウクライナ人虐殺神話』という本を出版した。連合ウクライナ・カナダ協会発行の『ウクライナ・カナダ誌』に掲載されたトトルの本の書評で、ウィルフレッド・シュチェスニーはこう書いている:
「この悲劇を偽装しようとする人々は、トトルの著作に計り知れない価値を見出すだろう」(Ukraine-Canadian, April 1988, p.24)
歴史家ロマン・セルビンはコメントしている:
「彼は、これ以上、読者に損害を与えることはなかった」
トトルの資料の一部は、1988年の『ヴィレッジ・ヴォイス』の記事「ソ連のホロコーストを求めて:55年間の飢餓が右派を養う」に掲載されている。1988年、非営利団体「自由ウクライナ人世界会議」は、国際調査委員会を開催した。1932年から1933年にかけてのウクライナの飢饉を調査し、飢饉が存在したかどうか、またその理由を明らかにした。
トトルの著書は、1988年5月23日から27日までブリュッセルで開かれた委員会で、さまざまな専門家証人の証言によって調査された。委員長のヤコブ・サンドバーグ教授は、トトルは、一般にはなかなか入手できないと思われる本の中の情報を根拠に、ソ連政府から援助を受けていたと主張した。

なお、日本語の記事では"川流桃桜の日々の呟き"というサイトの"「ホロドモール」に関する諸事実(抜粋)“という記事があります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

Posted by kiyo.I